第73話 指と指  

飽きるほど見てきた居留地街のイルミネーション。


地元のみならず、地方からも見物客が押し寄せる、真冬のデートスポット。


はっきり言ってこんな場所には、全く用事なんてない。


そもそも人込みは苦手だし、


足元でじゃれつく子供たちも、周りが見えない若いカップルも然り。


そんな昴が、寒空の下消灯間近のイルミネーションを見るために、込み合う大通りを歩いているのは、すべて隣を歩く桜のせいだ。


毎年恒例の光の祭典を前に、慣れない手つきでどうにか綺麗に写真に収めようと楽しそうに声を上げている彼女を見れば、面倒くさいといわずに付き合ってやって良かったと、素直に思えた。


いつもなら避けて通る人込み。


ゆっくりとしか進まない列。


それでも不満を漏らさずにいられるのは、道行く誰もが幸せそうだからだろうか。


・・・


行きつけのショップのプレセールで買い物をして、冬季限定スイーツの店で午後のひと時を過ごし、夜景の綺麗な半個室でディナーを楽しんで、締めはイルミネーション見物。


なかなか上々のデートプランだ。


まさに絵に描いたようなカップルデートなわけだが、忙しい平日の罪滅ぼしがこの程度で済むなら安いものだと思わなくてはいけないだろう。


12月はどこに出かけても渋滞必須になるので、久しぶりに駅まで歩いて電車で出かけた。


住宅街に住んでいるため、コンビニに行くのも車を使う生活なので、二人並んで長時間歩くのは久しぶりで、新鮮だった。


「荷物増えてから歩くの困るから、こっちのお店は最後にして、先にお歳暮見に行ってもいい?配送手配までしちゃったら後は楽だし、あと、駅前にできた輸入雑貨のお店にも行きたくって」


荷物持ちがいることに安心して、いつも以上に張り切ってタイムスケジュールを組む桜は、頼もしいくらいだ。


イルミネーション見物で込み合う道を避けて、地下通路や裏道を駆使したルートまで発掘しており、女子大生の行動力には脱帽した。


聖琳女子の制服に身を包み、籠の鳥だった頃の桜はもうどこにもいない。


少女の域を綺麗に脱皮して、自分の足でどこへでも行ける。


時折その背中に手を伸ばしたくなるなんて、絶対に言えないが。


視野が広がり、知識を増やして、好きなものを選び取ろうとする彼女成長は、眩しくて、愛しくて、時々寂しい。


まだ”高校生”だから、なんてタカを括っていたあの頃の自分に、すぐに馬鹿を見るぞと忠告してやりたいくらいだ。


これからもっと成長して、そのうち昴の手なんて必要なくなってしまうのではないかと思う時がある。


”お目付け役”ではもうないとわかっているのに、つい自分の立ち位置を確認してしまうのは、桜が京極を名乗ったままだからだ。


これでは一鷹のことを心配症と笑ってばかりもいられない。


”桜の最大限の自由”を守ると幸に約束をした。


桜が安心して暮らせるように、万全の体制を整えてから桜を迎え入れること。


不穏因子であるきな臭い分家を黙らせつつ、派閥を無くして一鷹の力を強めていく。


並大抵のことではない。


けれど、やりがいは感じている。


何より自分が望んだ未来のためだ。


桜が伸びやかに日々を生きていく様子は、昴が目指している志堂そのものでもあった。


だからこそ、仕事に忙殺される日々を送りつつも、こうして何とか桜との時間を作っているのだ。


玄関に飾るリースを選んだ後、最終目的地となる洋服店に入ると、桜の表情が一変した。


手にしていた紙袋を昴に押し付けて、真剣な表情で告げる。


「じゃあ、行ってくるから!」


「・・・戦場にでも行くつもりか?」


込み合う店内は、桜と同世代の女性客で溢れていた。


誰もが腕に数着洋服を抱えながら次の獲物を狙っている。


「そんなようなものよ!」


車じゃない、とさんざん言い含めておいたにも関わらず、あれもこれもと試着を繰り返す桜を、遠くから見守る。


隣に並んで一緒に洋服を選べるわけもなく、せいぜいほかの客の邪魔にならないように息をひそめているのが関の山だ。


「お色こちらもありますけど、いかがですか?」


「えー・・どうしましょう・・こっちはちょっと大人っぽいですか?」


「そんなことないですよ。いま着てらっしゃるスカートにも合いますし、着回しもききますよー」


「臙脂色も、着てみます」


楽しそうに店員とやり取りをする横顔が、急に大人びたようにも思えて、少しだけ複雑な気持ちになる。


当たり前のことだが、桜も”年頃のお嬢さん”なのだ。


”大人びた”じゃなく、すぐに大人になる。


そういうわずかな変化を隣で眺めていられるのは、昴だけの特権であり、義務でもある。


ゆっくり大人になれよ、なんて言っておきながら、引き止めたくなってどーする・・


プレセール前から目を付けていたという巻きスカートと、羽織ものを見繕った桜が、車でないことを思い出したのは会計の最中だった。


ようやく出番が来た昴が、用意された紙袋を前に、桜をジト目で見下ろしてため息を吐く。


「だから言っただろーが・・」


「わ、忘れてたの!買い物に夢中でっ!途中で教えてくれたらよかったじゃない」


「鬼気迫る表情で物色するお前見てたら俺もうっかり忘れたんだよ」


「鬼気迫るってなによ、失礼ねー」


「事実だ事実。すいません、配送手配してもらえますか?今日車じゃないんで」


「この時期ですもんね、承知いたしました。メンバーズカードご登録の住所でよろしいですか?」


「かまいません」


昴の回答に手際よく荷物をまとめる店員を横目に、桜が申し訳なさそうに切り出した。


「いいよ、あたしの服だし頑張って持って帰る」


しゅんと項垂れる様子はしおらしくて可愛らしいが、この人込みで大荷物は邪魔になる。


それに、手が空かないのは不便でもあったのだ。



★★★★★★★★★★★★★



メインステージとなる公園が見えてきて、前方から歓声が聞こえてくる。


ドーム型のステージを鮮やかな電飾の飾りが覆う様は、おとぎ話のお城のようだ。


女子が喜ぶのも頷ける。


昴が、携帯を持ち上げたままの桜の後ろ頭を軽く叩いた。


「混んできたから、そろそろやめとけよ」


「はーい」


「な?荷物送ってもらって正解だっただろ?」


ついでだから、と雑貨屋で買い込んだほかの荷物も一緒に預けてしまったのだ。


「うん」


横顔で桜が頷く。


肩から下げたショルダーバッグの中に携帯を片付けると、改めて夜空を覆う光のカーテンを見上げた。


眩しいくらいの電飾が、嬉しそうに細められた桜の瞳を綺麗に映し出している。


写真を撮る趣味はないけれど、なんだか無性にいまこの瞬間を残しておきたくなった。


いつもは、助手席に座る桜の横顔を眺めることが多い。


もしくは気持ちよさそうに眠っている安らかな寝顔だ。


腕に抱きこんで、髪を梳いてやった時の、ちょっとくすぐったそうな、幸せそうな笑顔が、横顔に重なった。


これから先、何百回、何千回とこういう表情を見られるのだ。


その権利は、誰にも譲れない。


桜のことは、どこにもやれない。


運転中の昴に向かって、時折桜が手を繋いでと甘えることがある。


たぶん、こういう気分なんだろうな。


すぐ隣にいるのはわかっていて、手の届く場所にいるのは知っていて、それでも触れて確かめずにはいられない。


不安、というのとは少し違う。


言いようがないくらい、胸がざわめく。


いまはただ、ぬくもりが恋しい。


「桜」


「うん?」


ショルダーバックの肩紐を握る桜の手を掴む。


指先を絡めて、強く握りこむと、少しだけざわめきが収まった。


手袋もせずに写真を撮ろうと夢中になっていたせいで、桜の指先は冷え切っていた。


思えば、外でこうして指を絡めて繋ぐのも久しぶりだ。


「迷子になるなよ」


どこにも行くな、なんて言えるわけがない。


好きな場所で、好きなものを見つけて、自由にのびのび生きればいい。


桜が選ぶ場所が、どこであっても、そこが俺の居場所であるように、努力するだけだ。


手放さずにすむように。


「・・・なんないよ・・・」


繋いだ手に視線を下して、桜がふっと笑う。


「荷物があると、繋げないからな、不便だろ」


「・・・知ってたの!?」


「なにがだよ」


「あたしが手を繋いで欲しいの、知ってたの!?」


真っ赤になった桜があわあわとうろたえる。


車の中で甘えてくるのは二人きりだという安心感からだというのは何となくわかっていた。


「・・いま知った」


「・・・え」


「俺も、こうしてるほうが、安心だしな」


絡めた指を少しずらして、親指で爪の先をなでる。


体温が伝わる距離にいてくれるほうがいい。


利便性から車移動を選んでばかりいたが、密室という安心感を得られていたのだといま気付いた。


あの小さな空間にいる限り、桜は昴だけのものだ。


意外なくらい甘い言葉が自然と零れ落ちた。


桜が驚いた表情で昴を見つめる。


「・・・そんなこと言うなんで、珍しい・・」


「そうか?」


多少この雰囲気に飲まれたというのはあるかもしれない。


足を踏み入れたメインステージは、カメラを片手に肩を寄せ合うカップルや家族連れで溢れている。


どこもかしこも自分たちの世界で、周りの視線を気にする者はいない。


いつもなら、空気を読めと苛立つところだが、今日ばかりは感謝した。


「デートだし、たまにはいいだろ」


完全に油断しきっている桜の肩を抱き寄せて、頬に唇を寄せる。


「っ!!」


息を飲んだ桜の唇啄んで、昴が笑った。

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