第9話 快気祝いと本家のパーティー

ベッドの上で鳴り始めた携帯。


パソコンに向かっていた俺は、慌てて立ち上がる。


彼女専用の着信音だ。


時刻は22時を過ぎている。


大学に行ってから、会社に顔を出して書類を抱えて本家に戻ったのが午後20時。


久しぶりに佐代子さんと夕飯を一緒にして2階に上がったのが確か21時過ぎ。


ほんの10分程度パソコンに向かったような感覚しかなかったのに。


時間が経つのは早いな・・


携帯を開いて耳に当てる。


「もしもし?」


「イチ君、ごめんね、仕事忙しい?」


聞こえてきた声に自然と笑みが浮かぶ。


きっと他の誰の声でもこんな風に反応出来ない。


心なしか小声なのは気のせいだろうか?


「大丈夫ですよ」


机に山積みの書類はこの際見えないことにしてしまおう。


「ほんとに?」


幸は一鷹の多忙を極める生活をよく知っている。


だから、連絡をして来るたび執拗に仕事の事を尋ねるのだ。


「ちょうど休憩しようと思ってたところだから。幸さんのほうは仕事、どうですか?」


「店舗改装の準備でバタバタなんだけど・・こっちより、そっちの方が大変でしょ?」


「来年には本業一本に絞れるから、それまでの辛抱だと思って頑張りますよ」


学生最後の1年。


自分にとって勝負の1年でもある。


その鍵を握るただ一人の相手が改まった口調で切り出した。


「うん・・・あ、あのね、実はお願いがあって」


彼女からの頼みごとは珍しい。


勿論、どんな無理なお願いでも叶える事は最初から決まっているけれど。


「何でも聞きますよ」


心からそう言って俺はスケジュール帳を引き寄せた。


聞こえてきた”お願い”の内容は意外と言えば、意外。


彼女らしいと言えば物凄く彼女らしいお願いだった。


スケジュール調整をしながら、俺は計画を立てる彼女の声に頷いた。


それにしても、こういうお願い事をされるとは・・・



☆★☆★




「さぁちゃん、起きて」


布団ごとがくがく揺さぶられて、桜は寝ぼけ眼でつぶやいた。


「ん・・・・なぁに・・・?」


「起きるのよー」


「えェ?・・・・昨日寝たの遅いのにぃ・・・」


借りてきたサスペンス映画を二人で見て、そのままリビングでぐっすり眠ってしまったのだ。


確か午前2時は回っていたはずだ。


一体いま何時なのか。


「あたし、もうすぐ出ないといけないの」


それでわざわざ起こしにきたのだろうか。


「んーわかったから・・・行ってらっしゃい」


再び布団に潜り込みながら、指先だけヒラヒラと振って見せた桜の手首をがっしり掴んで幸は布団を引っぺがす。


いつになく強引な幸は珍しい。


「そうじゃなくて、お昼には昴くん、迎えに来てくれるから、ちゃんと起きて準備して」


「えー・・・?今日病院じゃないでしょ?」


「学校に提出する検査結果、貰いに行くって言ってたじゃない」


・・・・そうだっけ・・?


検査結果は確かに学校の保健医に提出するように言われていたのだ。


けれど、それが今日だったかは定かでない。


ぼんやりする桜の前でパンと手を叩いて幸が告げる。


「だーかーら、はい、起きて!バナナジュース作っておいたから」


幸がこうなると、絶対に梃子でも動かない。


仕方なく桜は布団から這い出て、リビングのソファに腰掛ける。


あ・・・ほのかにバナナの匂い・・・


作りたてのバナナジュースをグラスに注いで、太めのストローを差してくれる。


「二度寝しちゃだめよ?あ、もう行かなきゃ!!!」


華奢なアクセサリータイプの腕時計を見て幸が慌てて立ち上がる。


いつもより柔らかい雰囲気。


ラフなニットワンピをさらりと着こなしている彼女は完全にオフモードのご様子だ。


下ろしたままの髪を適当にクリップで留めてソファに置いてあったメッシュバッグを掴む。


「じゃあ、行ってきます」


そうしていつものように、桜をぎゅう、と抱きしめる。


安曇家的いつもの風景。


行ってきますとただいま。


毎日繰り返される恒例の挨拶。


「行ってらっしゃーい」


欠伸をしながら楽しげな幸が出て行ったドアをぼんやり眺める。


まだ半解凍状態の頭で桜は今日の予定を思い出していた。



☆★☆★


遠くで小さく何か鳴っている。


まどろみの中でそれがかろうじてインターホンである事に桜は気づいた。


あーインターホンだー。


それは、認識していた。


どうせセールスだろうと思って無視する事にする。


・・・が、


インターホンが鳴っている。


・・・・いや、鳴り続けている。


誰よーもう・・土曜の昼間っから・・・



『昴くんが迎えに来るから』



ふと幸のセリフが耳の奥で蘇る。


そうだった!!!!


桜は勢いよくソファから飛び起きた。


「ごっごめんなさい!!」


大慌てで鍵を開けると、腕組みしてこちらを見下ろす昴の冷たい視線が突き刺さってきた。


・・・・きゃー・・・・・


思わずドアを閉めて無かった事にしてしまいたくなる。


「おっまえ、寝てただろ」


「そ・・・掃除機かけてたの!」


苦し紛れの言い訳を口にする。


「へーえ・・・」


昴は面白そうにかがみこんで、桜の顔を覗き込む。


「な・・・なによ・・・」


廊下のど真ん中で、思いきりたじろいだ桜はそれでも視線を逸らさずに言った。


そんな桜の髪を指で弾く。


「寝ぐせ付いてっけどな」


「!!」


もう何でこの人はこういう所見逃してくれないのか。


何を言っても墓穴を掘る気がして


「す、座って待ってて!!5分で準備するから!!」


と言ってリビング手前にある自分の部屋に逃げ込む。


「時間まだあるから急がなくていいぞー」


部屋に飛び込む桜を見送って、昴は薄いブランケットが置きっぱなしのソファに視線を落とす。


「掃除機なんかどこにもねーし・・」




★☆★☆


クローゼットから適当に選んだワンピースに大急ぎで着替える。


姿見に映った自分の姿にぎょっとする。


寝癖って・・それどころの話じゃないし!


もう爆発って言った方が近い気がする。


「なんでこんな髪くしゃくしゃなの!?」


昨日髪を乾かさずに眠ってしまったことを思い出す。


だってあの映画めちゃくちゃ面白くてドライヤーかける時間すら惜しかったんだもん。


シャワー!?


だめ、そんな時間ない!!


ブローで収まる!?


いや、無理でしょう!!


結んじゃえ!!


机に置いてあった大きめのシュシュで高めのポニーテールにする。


手早く髪を纏め上げると、やっと少しは見れるようになった。


ワンピース姿の自分を姿見で見て、何と無く一回転する。


お気に入りの服だ。


ひざ丈のそれに薄手のレースで縁取りのあるカーディガンを羽織る。


前髪を指でなぞったら、ふと大きくて温かい手を思い出した。


無造作に触れてくる、優しい手。


探す前に、いつもそこにいる、その手の持ち主の事を。


途端に胸が苦しくなった。


そんな自分に驚いて、同時に言い聞かせる。


「落ち着いてってば・・」


深呼吸を何度か繰り返して、それから漸く部屋を出た。


「おまたせ!!行こう」


「窓のカギ閉めといたぞー」


ソファから立ち上がった昴が携帯を閉じながら言った。


「あ、ありがと!もうすっかり家に慣れちゃったね、浅海さん」


「・・・誰のせいだかなー」


「戸締りは大事でしょ!!」


「はいはい、ガスの元栓も確認しろよ」


車のキーを取り出して、玄関に向う昴の背中に”わかってます"と大声で返して、台所へ向かう。


これも、またひとつの日常だ。


今ではこの場所は、桜のもう一つの家になった。


”おかえり”も”ただいま”も迷うことなく言える。



★☆★☆



「ここ・・・・どこ」


てっきり病院に行くと思っていたのに、桜は目的地とは異なる場所に立たされている。


しゃべっている間に車はどんどん山の手に入って行き、(病院は西方向)ひたすら走ること30分少々でたどり着いたのがこのお屋敷だ。


竹林に囲まれた田舎道の奥に広がる綺麗な日本庭園。


ガレージの中には、高級車がずらり。


門構えからして、とても一般家庭育ちの自分と関係のあるようなお宅には見えない。


車の隣で呆然と純和風住宅を見上げる桜の背中を押して、昴は歩きだす。


「こっちだ」


「ちょ・・・ここってどこなの!?誰の家!?っていうか病院は!?」


どうして昴がこんなに落ち着いているのかわからない。


「お前の言ってる書類なら、先週のうちに幸さんが受け取ってるよ」


「え・・だったら・・・」


眉根を寄せて状況を把握しようと必死の桜を尻目に、我が物顔で門を開けて中に入る昴。


余りに大きな門構えに足が竦みそうになる桜に向かって手招きした。


「ほら、来いよ、あんまり突っ立ってるとセンサーに引っ掛かるぞ」


「センサーって何!?狙われる!?」


「馬鹿、セキュリティ入ってんの。ここの家は無駄に広いし、庭も馬鹿みたいにデカイからな。塀がどんなに高くても、さすがに死角が生まれるからな」


「そうなんだ・・」


何もかも初めて過ぎてイチイチ驚く事しかできない桜の腕を掴むと、昴は玄関の敷居を簡単に跨いで行く。


「あ・・お、お邪魔します!」


慌てて桜が無人の玄関に向かって挨拶した。


「ちょっと待って。もしかして・・ここってまさか、浅海さん家?」


それならこの無遠慮さにも納得できる。


けれど、昴は首を振ってあっさり否定した。


「残念ながら、家じゃない。近所だけどな、こっから歩いて10分てとこだ。見たけりゃ後で連れてってやるよ」


10分って・・・・


ここに来る途中見えた家はどれも豪邸ばかりだった。


この一角に家があるだけでも驚きだ。


改めて浅海も”志堂”の人間なんだと思い知る。


「浅海さんってどんな家住んでるの?」


「んー?普通の一般家庭だよ」


「こんな家見せられて普通とか言われても絶対納得しないから!」


「心配すんなって、ここは特別だ」


「特別?」


「この当たりは高級住宅地だけど、これだけの敷地を誇る家は他に無いんだよ」


門から家屋まで、石畳の小道を歩く。


両脇に植えられた躑躅が美しい。


料亭顔負けの前庭を過ぎて、玄関に向うと、横開きの古い戸をゆっくりと開けた。


「一鷹ぁ」


・・・・志堂さんの・・・・?


ちらりと視線を向けると、振り向いた昴が小さく笑った。


「ここは、志堂の本家だ」


「本家・・・・」


「幸さんの、亡くなった母親の実家」


「あ・・・菜穂子おばさんの・・・」


忘れそうになるけれど、幸の亡くなった母親は志堂本家のお嬢様だったのだ。


でも、こんな家に住んでたなんて・・


靴を脱ぐ事も出来ずに呆然とする桜の前で廊下の左横にある部屋から、一鷹が出て来た。


・・・なんてこの家にしっくり似合う人なんだろう。


一鷹の持つ育ちの良さ、その要因がどこにあるのかこれで分かった。


この家で育てば、間違いなくどこに出しても恥ずかしくない御曹司が出来上がるわけだ。


「いらっしゃい。桜嬢」


「こんにちは」


「知らない家でびっくりしたでしょ?さ、上がって。浅海さんもご苦労様です」


「・・・あの・・・どうしてここに?」


志堂本家に来る理由が分からない。


昴はともかく、桜は志堂の人間ではない。


怪訝な顔をする桜の腕を引いて、昴が廊下に上がる。


一鷹が安心させるように微笑んだ。


「ああ、大丈夫、幸さんもいるから」


「みゆ姉も!?」


桜の声が聞こえたのか、廊下のさらに奥から、桜の名前を呼ぶ幸の声が聞こえた。


「さぁちゃん来たの!?」


一鷹に続いて廊下に飛び出してきた幸はエプロンを付けたままで、桜を抱きしめた。


隣にいた一鷹がギョっとして、次の瞬間めちゃくちゃ羨ましそうな顔をする。


けれど、すぐにその表情を消していつも通りの穏やかな志堂一鷹の顔になった。


その一部始終を間近で眺めていた昴は、こらえきれずに肩を震わせて笑い始めた。


「・・・浅海さん・・」


一鷹が顔を顰める。


それでも、昴の笑いは収まらない。


社内では常に笑顔でポーカーフェイスを崩さない一鷹が、こうも感情をあらわにするのは珍しい。


「顔、カオ」


「!!」


慌てて口元を押さえる一鷹。


昴は一鷹の肩に腕を回して呟く。


「ばーか。お前の場合は抱きしめる、じゃなく抱きしめたいんだろーが」


的確に指摘してきた昴を睨みつけて一鷹は言った。


「浅海さん!」


顔を赤くして昴を睨みつける。


こーゆー時の顔は年相応なんだよなぁ・・


この年下の弟分は、いつだって大人の顔色を窺って育って来た。


自分の事は二の次。


志堂の嫡男として何を望まれているかを即座に判断してその通りの答えを返してきた。


自分の気持ちはいつも押し殺して。


だから、一鷹のこういう表情がみられる事は、は素直に嬉しい。


「いちいち目くじら立てんなって。ありゃあ、日常茶飯事だ」


ますますもってギョッとする一鷹の肩を叩いて昴は煙草を取り出す。


「縁側ァ借りるぞ」


「あ・・・はい・・・」


一鷹の動揺に気づかないまま、幸は桜をぎゅうぎゅう抱きしめる。


「病院は!?っていうか、なんでここにいるの!?しかもエプロン付けて・・・」


困惑気味の桜の視線を正面で受け止めて、幸が少し顔を傾けて得意の笑顔を浮かべる。


「パーティーよ」


「パーティー?」


「快気祝い、しましょう」


そう言って、桜の腕を引いて和室に向っていく。


勝手知ったる我が家といった顔だ。


不思議と、幸が側にいるとここが志堂本家とは思わない。


「さぁちゃんの好きなものいっぱい作ったのよー。いま、ケーキも焼いてるとこだから」


「ケーキ!?」


「うん」


笑って幸が桜の手を握る。


「今日のさぁちゃんの仕事はねー・・1日ずーっと笑顔でいることよ」


決定事項のように告げられた。


「みゆ姉ぇ・・」


「家じゃ、ちょっと手狭でしょう?あんまり騒げないし・・・・それにね、ここのお庭すごーく綺麗だから、絶対見せたかったの」


テーブルに所狭しと並べられた桜の好物の向こうを指さして、幸が笑う。


鮮やかな若葉に包まれた静かな庭園。


小さな池には綺麗な空が映っている。


「ゆったーりしてるでしょ。きっと、好きになれると思うのよ」


幸の、柔らかい声。


「・・・・あたし達の家の次にね」


桜が小さく呟いて、幸の手を握る。


一瞬泣きそうな顔をした幸は、堪えて泣き笑いの顔で言った。


「軽くうちの4倍はあるのよ、この家」


「じゃあ、やっぱりあの家がちょうどいいね」



★★★★★★



縁側を占領して煙草を吸ってから和室に戻るとなぜか一鷹が一人でプチトマトを摘まんでいた。


主役の姿が見えない。


「桜は?」


「幸さん取られちゃいました」


なるほど・・・・


「お前のんじゃねーだろうに」


「ほぼ、7割がた俺のです」


「・・・・・あそ・・・んで、お嬢さん方は?」


「台所に」


珍しく嫉妬心むき出しの弟分に、苦笑を返す。


年上の親戚連中を笑顔で諫めてしまうようなあの気迫が全く感じられない。


「わーかったよ」


「あ、行っても無駄ですよ、追い返されますから」


すでに実行済みだったらしい。


昴は返事代わりに右手を上げて、台所に向かった。


「取り皿ってこれ?」


「うん、その白いので、フォークも持っていってね」


「あ、パンプキンサラダもある!!」


「ほうれん草のキッシュもあるわよ」


「嬉しい!!」


声を掛けるタイミングさえ掴めないような雰囲気。


仲睦まじい二人の様子を眺めて、昴はため息をつく。


こりゃあ、相手が悪いよな・・・


それでも、超多忙スケジュールの合間を縫って何とか一日もぎ取った休日だ。


どうにかして、一鷹にも楽しませてやりたい。


昨日の夜も深夜までパソコンに張り付いていた弟分を思って、昴は口を開いた。


これも、部下の仕事だろうなんて言い訳を頭に浮かべつつ。


「幸さん、桜に離れの庭を見せてやりたいんですけど」


「離れの庭?」


本家が初めての桜は当然キョトンとした表情でこちらを見返してきた。


「そうだ!あっちのお庭は叔母さまのお好みでたくさんお花が植えてあるのよ。ここより、小さいけど、素敵だから見てくるといいわ」


から揚げを盛りつけながら幸が言う。


一瞬迷うように視線を送る桜は中途半端なままの準備を放り出して良いものか迷ったらしい。


「お皿は・・」


「運べるから大丈夫よ」


「じゃあ、ちょっとだけ」


「こっちだ」


桜が来るのを待って昴が台所を出る。


一瞬だけ一鷹に視線を送るのも忘れない。


一鷹が苦笑交じりに頷くのを視界の端で捕えつつ、昴は離れに向かって歩き出した。




★☆★☆




一鷹の両親が使う離れは、母屋の東側に位置する。


客間と、家族団欒のための和室が二間。


その前に、小さな庭はあった。


まだ作りかけの花壇も見られるそこは、まさに手作りのフラワーガーデンだった。



「薔薇が・・・多い?」


白、黄色、淡いピンク。


咲き誇るバラを指さす桜に、昴が頷く。


「社長夫人がここ最近は薔薇がお好きなんだよ」


「・・・・へえー・・・」


「さっきの広い方の庭には、お前の木もあるぞ」


「あ・・・桜?」


「ソメイヨシノな」


一番馴染みのある花はやっぱり桜だ。


何度も両親から聞かされた。


二人が一番大好きな花。


春の訪れを告げるそれは、自分たち夫婦に宝物を運んできた。


それが愛する桜だと。


何度も繰り返されてきた昔話。


枕元で聞いた両親の優しい声が甦る。


耳を擽る懐かしい甘いソプラノ。


「来年の春はお花見できるかなぁ」


目映い花びらのカーテンにただただ目を奪われる。


今年はいつもより春を感じる機会が少なかったから、余計に見ていたいと思った。


いつも何気なく通っていた通学路が桜並木だった事を今頃になって思い出す。


ついこの間まで側にあった日常が、この数週間のあいだにずっと遠くなってしまった。


そして、それはこれから桜自身が取り戻さなくてはならない現実でもある。


「毎年綺麗に咲き誇ってるよ。ここの桜は」


昴が桜を真っ直ぐ見つめて告げた。


確信めいた一言。


胸に刺さって一瞬で弾けた。


気づかないフリしたいのに…



縁側で並んで座って庭を眺める。


ただそれだけのことなのに、なんでだろう。


妙に落ち着かない。


ヨメイヨシノを褒められたのに、


まるで、あたしのことみたい。


昴が両手を後ろについて、木々で覆われた空を見上げる。


彼はまったくいつも通りだ。


「・・あ・・・口寂しい?煙草吸ってもいいよ」


「吸わねーよ。お前がいるところでは吸いません」


するりと伸びてきた手が、ぽんぽんと桜の頭をなでる。


いつもみたいに・・・


いつの間にか、こうやって触れられること慣れてしまっていた。


きっと無意識なんだろうなぁ・・・


でも、この人の持つ手が、とても優しいことを知ってしまったから。


・・・・惹かれていく気がする。


もう予言みたいに。


胸の中で渦巻いてる。


好きになったって、叶いっこない。


この人は大人で。


あたしは子供で。


だけど、そんなこと言い訳にできないところで、確実に・・・好きになっていってしまう。


自分の過去の恋愛パターンを思い出して桜はため息をついた。


「どうした?」


じっとこっちを見つめる昴の目には優しい色が浮かんでいて。


「なーんでもない」


「そっか」


呟いて、また触れた手はやっぱり心地よかった。



胸に込み上げる馴染みのある気持ちに必死で蓋をする。


この人とあたしはいる場所が違う。


自分自身に言い聞かせる。




「さぁちゃーん!昴くん!ごはんにしましょー」


幸の声に二人は揃って返事を返した。

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