第2話

 私の家に住む者は、本当に古風だ。私を除いて。

「お嬢様、今日はお体の具合はよろしいのですか?」

 縁側から庭をぼうっと眺める私にそう言って聞いてきたのは、春からこの家に下宿している高校生だ。

 遠い親戚にあたるらしいが、遠すぎて聞いた説明で覚えているのは「曾祖父の弟の」という出だしだけ。

 この家では、明治時代から学生を下宿させ、家の世話をさせていたらしい。当時はそういった学生は多く、「書生しょせい」と呼ばれていたようだ。その説明を聞いて以来、私は彼のことを「書生君」と呼んでいた。

「陽が射しているといっても、縁側で寒風にさらされてはお身体に障りますよ」

 今書生君が話したのは日本語だろうか? いや、少なくとも今どきの高校生が話す言葉ではない。

「いい加減、その言葉遣いどうにかなんない? おじい様がいらっしゃるときはまだしも……」

 そんな私も、祖父のことを「おじい様」なんて呼んでいる。それも学校ではからかわれていた。

「そうはいきませんよ。わたくしはこのお屋敷に置かせてもらっている身なのですから」

「ああ、もう、わかったよ。自分の部屋よりもね、ここの方が気持ちいいの」

 私はそう言って、低く部屋の奥まで射し込む陽光に目を細めた。

 昨日から降り続いていた雪も正午を前に止んで、見上げた先には青空が広がっている。

 青空のところどころには、白く細い筋のようなものが、風の動きを目に見せながら空に向かって伸びているのが見えた。

 おかしなもので、学校に行かなくなると、知識に対する欲求が強くなってきた気がする。

 あの白く細い筋にも名前が付いているのだろうか。「雲」ではないことだけはわかった。

 強い風が吹くと、儚く姿を消す白い筋。空に帰りたがっている雪の想いのようでもある。私の口から出る息のお化けのようでもある。

 学校では教えられているのだろうか。

 学校と言えば、今日はやけに書生君の帰りが早い。

「今日は帰ってくるの早くない?」

 私がそう聞くと、書生君は私と少し距離を取って縁側に腰かけた。そして、明るい空に目を細める。

「今はテスト中ですから。明後日までは帰りは早いですよ」

「そうなんだ」

 私はそっけなく答えた。喜んでいる風に伝わらなかっただろうか。私はそう気にしながら、遠く山稜へ指を伸ばした。

「ねえ、書生君。あの白い筋は何? 山から出ているの」

 彼は私の指先を辿り、山稜より伸びる筋を見つけて、目を少し細めて頷いた。

「ああ、あれは靄ですね」

「モヤ? あれが?」

 靄という言葉は聞き覚えがある。想像していたものは、もっと恐ろしい雰囲気のものだったが、ああいう神秘的な靄もあるのか。

「ええ。木々に積もった雪が蒸発しているのですね。雲の赤子のようなものです。……おや、風花かざはなですね」

 私はまた知らない言葉を出され、少し頬を膨らませた。それを見た彼は目をさらに細めた。

「風花というのは、晴天に舞う雪のことですよ」

 彼はゆっくりと指をさしながら「モヤ、カザハナ」と私に言葉を教えた。書生君は私を何歳だと思っているのだろう。

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