第十八章 フォロー・ミー
トンネルの明かりを数えながらチラリと隣の車両を見た。
水野があわててむこうに顔を向けている。
恵里子はドアにもたれながら笑いをかみ殺している。
ドアの窓に息を吹きかけ指でなぞっている。
「F・・O・・L・・L・・O・・W・・・かな?M・・E・・と・・・」
(ふふふっ・・・。良かった、ちゃんとついてきている。見失っちゃ・・・だめだぞー?)
やがて電車が駅に近づき、広告の明かりが眩しく点滅している。
駅を出た恵里子は、ゆっくりとした歩調で歩き出した。
普段なら急ぎ足で過去る駅前の店舗のショーウィンドウを、なぞるように見て歩いている。
ガラスに映る男のかげを見つけるのを楽しみながら、ゆっくり歩いていく。
※※※※※※※※※※※※※※※
恵里子の後ろ姿を追いかけながら、貴男は今の事態がどういう事なのかよくわからないまま、この一風変わったデートに胸を弾ませていた。
てっきり恵里子につけているのが発覚し、嫌われたとばかり思っていたのに。
それどころか恵里子は楽しむように貴男を誘っていた。
昼間の話を聞いて、半信半疑で恵里子が退社するのを待ち会社から追いかけていったが、その間に恵里子は何度か立ち止まり、貴男がいるのを確かめるように待ち歩き出すのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
心地良い時間が流れる。
あの映画のタイトル曲が頭の中に繰り返し響いている。
二人は話しているわけではないのに、それ以上に通じ合っている気持ちになっていた。
恵里子は昨夜あんなに泣いた事が遠い昔のように思えた。
それと同時に、こうして誰が追いかけているのかを知って歩いていると、水野がなぜ自分をつけていたのかわかるような気がした。
今までの言動や水野の熱い眼差しの記憶の断片を繋ぎ合わせると、確かな愛が答えとして弾き出されてくる。
それを確かめてたくて、わざと今日、水野の前であんな風に言ったのだった。
今までの恐怖が大きかった分、心が軽く弾んで飛んでいきそうな気がした。
恵里子はゆっくり楽しみながら家路をたどった。
夜道に響く二人の靴音が、まるでワルツを踊るように重なっていく。
その度ごとに二人の心に愛が刻まれていく。
心地良いメトロノームのように。
幸せなデートはマンションの入口でゴールを迎えた。
暗証番号を押しドアをくぐった瞬間、恵里子は振り向いた。
声を出さずにゆっくり口を動かし、言葉を送った。
(お・・・や・・・す・・・み・・・)
エレベーターに乗った恵里子は扉のガラス越しに、いたずらっぽい笑みを浮かべ肩先で手を振っている。
エントランスの前で貴男は呆然と立ちすくみ、天使の笑顔を見送った。
やがて振り返り又、暗い道に消えていった。
外廊下の手摺にもたれ、男を見送りながら恵里子は幸せそうに呟いた。
「おやすみなさい、ありがとう・・・」
冬の夜の風は冷たかったが、恵里子の頬には心地良く感じた。
月が、はっきり見える夜であった。
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