第十章 相談

大粒の汗をかいて、恵里子は目を覚ました。


(又、あの夢・・・)

ため息をついて洗面所に行き顔を洗い、鏡を見た。


(少し、痩せたみたい・・・。このままじゃ、私・・・)


暫くの間続いていた小春日和が、うって変わった薄曇りの朝であった。

恵里子は言い知れぬ不安を抱いて鏡を見つめていた。


※※※※※※※※※※※※※※※

 

マウスの手を休め、恵里子は大きなため息をついた。


「どうしたの・・・?又、吉田にいじめられてるのかい?」

おどける様な口調で遠藤が声をかけた。


「あんまりひどいようだったら部長に言ってやるよ。この頃毎日遅いようだし・・・」

優しい言葉に恵里子は決心するように言った。


「あの・・・その事もあるんですけど。ちょっと、ご相談したい事があるんです・・・」

いつにない訴える様な眼差しに遠藤の顔から笑みが消え、低い声で呟いた。


「わかった。じゃあ、お昼でも一緒に食べよう。アトリウム二階のル・マンドで、どうだい?」

「ありがとうございます」


そう言うと、恵里子は再びマウスを手に取った。

胸の鼓動が乱れ、指先が少し震えていた。

 

恵里子の会社が入っているビルはこの会社で設計したテナントビルで、五層の高い吹き抜けのアトリウムがあった。

その中に様々な店舗があり、どれもおしゃれなインテリアをしていた。

店に入ると、奥の方で遠藤が手を振った。


「遅くなって、スミマセン」


暖房が強いせいか、ハンカチで汗を拭いながら、恵里子が言った。

オフホワイトの上下のスーツがシックにボディラインを縁取っている。


「いいんだよ。又、吉田だろ?

出る時捕まってたよね。


本当に後で部長に言ってやるよ。

前から頭にきてたんだ、アイツには・・・。


センスもネーくせに。

一人前の建築家気取りで・・・。


あっ、先にいただいているよ。

何にする?」


遠藤の前には、カルボナーラとサラダが置いてあった。

ウエイターが来ると恵里子は呼びとめて言った。


「あっ、同じものをお願いします」


すぐ料理が運ばれて二人は静かに食事を終わらせた。

食後のコーヒーを一口飲むと、遠藤が切り出した。


「何・・・かな。緊張するなぁ、うーん・・・まるでドラマみてー」

遠藤が照れくさそうに言うと恵里子はくすっと笑った。


「すみません、今日は・・・。

あの、吉田さんの事もなんですけど。


私、この一月ばかり毎日遅くなってしまって・・・。

帰り道が真っ暗で、すごく怖いんです」


そこまで言って恵里子はコーヒーを一口飲んだ。

遠藤は黙って聞いている。


「それで・・・この2、3週間なんです・・・。

誰か・・・得体の知れない誰かが、私の後ろを連いて来るんです・・・。


私・・・毎日怖くって・・・。

夢にも、うなされて・・・。


毎晩、同じ夢を見るんです・・・。

もう、気が狂いそうで・・・」


今にも泣き出しそうに俯く恵里子を見つめ、遠藤は重い口を開いた。


「うーん、それは・・・危ないな。

よし、とにかく部長に言うから君は今日から5時に退社するようにしなさい。


そうすれば、そんなに遅くならないし、危険も少ないだろう。

そして、まだそんな時間にも連いて来るようだったら警察に言った方がいい。

俺も協力するよ」


遠藤の言葉に心底、恵里子はホッとした。

やっと笑顔をみせた恵里子を見ると遠藤は残りのコーヒーを飲み干し、伝票を持って行った。


「じゃあ、先に行ってるよ。こんなオジさんと噂にでもなったら大変だ。じゃあ、部長には言っておくから・・・」

慌ただしく立ち去る遠藤の背中を恵里子は頼もしそうに見送るのであった。

 

部長席に吉田が呼ばれ、頭を掻きながら何やら喋っている。

やがて頭を下げて席に戻って行った。


部長がやってくると、これから暫く残業せずに5時に帰りなさいと言ってくれた。

他のオペレーターも同様で、みんなは静かに歓声を上げた。


ふと遠藤を見るとパソコンの画面に向かっていて目が合うと笑顔を見せ、再び画面に向かっていった。


(約束・・・、守ってくれたんだ・・・やっぱり、良い人・・・。嘘、つかないもの)

ホウッとため息をつき、恵里子もマウスを手に取って作業に没頭していった。

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