第八章 写真

ラケットの入ったバッグを置き、ベットに腰掛けると貴男は大きく「フーッ」と息をついた。


時計は十時半を指していた。

壁にはホックニーのポスターがパネルに入って掛かっている。


窓のブラインドは下りたままバーコードのように白いラインを重ねている。

机の上には社員旅行で写した恵里子の写真が、その部分だけ半分に切り取られてスタンドに納まっていた。


冷え切った部屋の暖房もつけず、暫くその写真を貴男は見つめていた。


何もない空間。

何もない時間。


それさえもが時には人生の中で貴重なものになるのだ。

人生を振り返ってから、わかることでもあるが。


今の貴男には、ただ恵里子の笑顔だけしか存在していなかった。

時計の音だけが支配する部屋の中。


じっと写真を見つめていた。

ブラインドの隙間から通り過ぎる車のヘッドライトの光が、ゆっくりと横切っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る