第七章 居酒屋

「えー、それでは表彰式を行ないます。優勝ペアは・・・吉田・早川組」


拍手の中、二人は賞品を受け取っている。

歓声とヤジが飛ぶ中、次々に表彰が続けられている。


社内の小さなテニス大会なので、すぐ終わってしまう。

やがて、優勝者のスピーチという事で吉田が喋りだした。

恵里子と里美は、杏ソーダとレモンハイをゆっくり味わっている。


「あーっ、でも、おもしろかった。来て良かったわ」

恵里子がグラスを置いて言った。


「そうですね。天気も良かったし・・・。

ふふふっ・・・。遠藤さんって、おもしろいのね。


普段、余り喋らないのに・・。

ワープロ頼む時だって、すごく遠慮しながら渡すんですよ・・・。


タイミングがいいんですよね。

特に吉田さんへのヤジ・・・。

聞いてて、気持ち良かった」


里美が思い出すようにして笑った。


「そーよねー・・・。

いくらテニス部だからって、私達、素人にムキになって思い切りサーブするんだものね。


自分でもカッコいいと思っているんでしょうね・・・。

ああ、嫌な奴・・・。


でも里美ちゃんテニス上手なのね。

カッコ良かったわよ」


「あっ私、高校時代テニス部だったんですよ。でも意外だったのは水野さんだなあ・・・。博士君のイメージがあるから、びっくりしちゃった」


恵里子はグラスを傾け一口飲むと、小さくため息をついて言った。

「そうよね。吉田さん程じゃなかったけど、上手だったわ。私が足を引っぱらなければ優勝していたかもね?」


「そんな事ないですよ。それに水野さん・・・女の子相手だとすごく緩い球打っていたし、別に勝ち負けより、大島さんの事に気を使っていたみたい・・・。何となく・・・だけど」


里美に言われて、恵里子は顔を赤らめた。

思い出してみると水野は別に点を取られても淡々とプレーをして、いつも恵里子を前に立たせながら後ろかフォローしてくれていたような気がする。


「私、ちょっと妬けちゃったなあー。水野さんて大島さんの事、好きなのかなあ?」

そう言うと、里美は残ったレモンハイを一気に飲み干した。


「何言ってるのよ。私が下手過ぎるからよ。里美ちゃんなんか、うちの男性社員はおろか道歩いている人まで見ていたわよ」

里美は恵里子に言われて満更でもないのか、照れるように後ろを向いて大きな声を出した。


「スミマセーン。レモンハイ・・・おかわりお願いしまーす」

「へえーっ、里美ちゃん結構飲むんだね」


吉田がニヤニヤしながら、向かいの席に来た。

冬だと言うのに、黒いランニングシャツを着て薄いジャケットをはおっている。


噂ではボディビルにも通っているらしく、自分の肉体を見せびらかすように胸元を開いている。

顔も自分では二枚目だと思っているらしく、白い歯を自信ありげに見せている。


「恵里子さんは何、飲んでいるんですか。ビールでも、どう?」

注ごうとするビールを巧みに取り上げると、恵里子は吉田のグラスに注いでやった。


「私余り飲めないから、吉田さんどうぞ・・・。優勝、おめでとうございます」

恵里子に注がれて得意気にビールを飲み干す。


「あーッ、旨い。美人に注がれると格別だなあ」

と、歯の浮くような事を言う。


「そりゃ、そうでしょうよ・・・。女の子相手にも、あんなすごいサーブ打つんですもの」

里美がグラスを傾けながら、吉田を見ずに言った。


「それは誤解だよ。里美ちゃんは女子の中でも一番上手いから警戒したんだよ。あれでも随分緩く打っているんだぜ」

遠藤の台詞ではないけれど、里美は一口、レモンハイを飲み込むと心の中で呟いた。


(このオニー・・。だから32歳にもなってまだ独身なのよ)


「それよりさ、この後みんなでカラオケボックス行かないか?」

二人の方を向いて吉田が言った。


恵里子と里美はウンザリして聞いていた。

ふと端の方を見るとこちらを見ている貴男の視線とあった。

彼は一瞬ドキッとしたのか、すぐ下を向いてグラスを口に運んでいる。


「悪いけど。今日は、これで失礼します。みなさん、おやすみなさい」

恵里子が立ち上がると里美も後を追うように言った。


「あっ、待って大島さん。じゃあ、私も失礼します。おやすみなさーい」

里美も立ち上がると一斉に掛け声がかかる。


「まだ、いいじゃないか・・・」

「えーっ・・・」


社内の美人二人に抜けられる事が辛く男達はあの手この手の言葉で引き留めるが、二人は申し訳なさそうに店を出た。


昼の暖かさとはうって変わって外は寒かった。

雲がないのか星が結構見える。


「わあー、寒い。タクシー拾います?大島さん」

コートの襟を立てて里美が言った。


「でも、気持ちいいから、駅まで歩いて行きましょう。ここの街路樹、好きなの」


二人は並んで並木道を駅まで歩いて行った。

街路樹はイルミネーションをまとって光輝いていた。


「きれいー。本当、ステキですね。」


含み笑いをして恵里子は里美を見た。

チェックのスカートと紺のセーターの上にベージュのコートをはおっている。

時折コート越しにチェックや紺の色が見え隠れし、若々しさがここまで漂ってくる。


この子が好きだな、と恵里子は思った。


普通女同士というものは、どうしても相手を嫉妬したり妬んだりするものなのだが素直に里美に対しては妹のような感情を抱いてしまう。

別に男性とカラオケに行くより、こうして二人で歩いている方が心地良かった。


「里美ちゃんも、みんなとカラオケに行けばよかったんじゃないの?」


「えーっ。だって吉田さんも来るんでしょう?あの人しつこくってイヤなんだもの。すっごい、ナル(ナルシスト)だしぃ」

里美はイルミネーションに見とれながら言った。


「でも、水野さんも来ていたんじゃない?」

意地悪く恵里子が聞く。


「な、何よ・・・大島さん。別に、私・・・。

関係ないですよ。


大島さんこそ・・・。

遠藤さん来なかったもんね。

だから、早く帰ったんでしょう?」


 ムキになって言う里美がおかしくて恵里子は優しく言った。


「恵里子って呼んでよ・・・。ふふっ、ごめんなさい。そうね、遠藤さんが来ていたら男達もそんなにセクハラできないものね」


遠藤は妻子と待ち合わせをしていて、午後になると帰って行った。

遠くでよく見えなかったが、小学生くらいの男の子と三人仲良く手を連ないで行く姿が暖かそうだった。


「そうそう、遠藤さん、絶対女の子の前ではエッチな事言わないし、遅くなりそうだとこっそり帰っていいよって言ってくれるもの。

男同士じゃ、すごいスケベだって誰か言ってたけど・・・。


それより吉田よー・・・。

何よ、里美ちゃんだとか、恵里子さんだとか、馴れ馴れしい・・・。


ああ・・・もう大嫌い!」


「でも、あの人・・・女性社員からは結構、人気あるんでしょう?」


「いろんな人に粉かけまくっているって話ですよ。その内ボロ出すんじゃないかなあ。でも、いいや、そんな話・・・。ねっ?え、恵里・・・」


「恵里子よ・・・里美ちゃん。吉田さんじゃないから・・・良くってよ」

二人は笑いながら酔いも手伝って広い歩道を、まるでテレビドラマの主人公の様に歩いて行った。


本当に星のきれいな夜であった。

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