第六章 テニス大会

歓声が上がり、黄色いボールが白いラインのギリギリに落ちた。


「40―0(フォーティー・ラブ)」

ネッットの向こうで吉田がガッツポーズをしている。


「吉田ぁ・・・お前、素人相手にそこまでやるー・・・?だーから、まだ独身なんだよ」

どっと笑いが起きる。


「鈴木さん、ごめんよ。こんなオジさんと組んだのが君の運の悪ささ・・・。今日は諦めてアイスクリームでも食べにいこうか?」

遠藤がトホホのポーズをとって、里美に話かける。


「いいですね。私ラム・レーズンが好き・・・」


白い歯を見せて里美が答える。

ショートパンツから覗く太ももが眩しい。


「ちょっとちょっとー、何不倫してんすか。まじめにやって下さいよっと・・・。いきますよー」


強烈なサーブが遠藤のバックに飛ぶ。

それでも何とか反応しラケットに当てて向こうのコートに返したが、あっさりもう一人の女性にボレーを決められた。


「オニー・・・」

 遠藤が叫んだ。


「ゲームセット。マッチウオンバイ吉田、早川組。」

まばらな拍手が起こり、握手を交わして遠藤と里美が恵里子の方に戻って来た。


「やあー疲れた。やっぱ年だ・・・。ごめんな、鈴木さん」

「そんな事ないですよ。いいセンいってますよ。本当にテニスやった事ないんですか?」


「まあー遊びで女房と昔やってた程度だけど。それにしても吉田の野郎・・・・。顔も悪いけど性格はもっと悪いよな、大島さん?」

恵里子は笑って二人の話を聞いている。


「じゃー。アイスでも食べにいこうか・・。オジさんが、おごってあげるよ」


「あっ、待って下さい。大島さん達も今からだから・・・。終わったら、みんなで行きましょうよ」


「おっそうか。大島さんは誰と・・・。なんだ水野か。良かったなー、憧れの大島さんと組めて。俺達ついてるよな。やっぱ、日頃の行ないが・・・って聞いてんのかよ、おいっ」


貴男は何も言わず笑いながらラケットを足に挟み、上着を脱ぐとコートへ歩いていった。

逞しい筋肉がウェアを通してわかる。

恵里子も意外に思ったのか、暫く男から目を離せなかった。


やがて、練習の乱打が始まり打合っている。

素人同志なので、なかなかラリーも続かない。

恵里子も緩い球をふわりと打ち上げるのが精一杯であった。


それでも抜群のプロポーションはトレーニングウェア姿であるのにも関わらず、廻りの男達の視線を釘付けにする。

道行く野次馬さえも、チラチラ覗いていく。


「へえーっ。結構上手いじゃねーか、水野のやつ。やっていたのかな・・・・テニス」

遠藤が里美に聞いた。


「うーん、私もよく知らないけど・・。そうですね、いつもの印象からすると意外な感じですね」


里美は目を輝かして貴男を見ている。

試合は淡々と進み、互いにゲームを取り合っていたが、最終ゲームで恵里子の打ったボールが大きくアウトして終わった。


「あーあ、負けちゃったぁ。ごめんなさいね、水野さん。私、足引っぱっちゃって・・・」


水野は笑顔を見せるとメガネを外してタオルで顔を拭った。

一瞬であったがタオルの端から涼しげな瞳が見えて、恵里子はドキリとした。


メガネを掛け直すと貴男は言った。


「そんな事ないですよ。僕も久しぶりだったし、楽しかったです」

二人は自然と見つめ合っていた。


「じゃあ、行こうか、アイス。喉カラカラだよ・・・。どうせ今日は、もう終わりだし」

四人は連れ立って近くのアイスクリームショップに向かった。


小さな幼子が母親の見守る中、美術館の前の噴水の池に手を伸ばしている。

その光景を見て、恵里子と里美はおもわず微笑んでいた。


冬なのに、暖かい午後であった。


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