第五章 帰り道

ヒールの靴音が夜道に響いている。


今日も遅くなってしまった。

恵里子はマンションへの帰り道を急ぐのであった。


「もう・・今日もこんな時間。

吉田さん、しつこいんだから・・・。


同じ様な所を何度もやり直しさせて結局、朝の図面とほとんど同じに戻っちゃっただけじゃないの。 

本当にあんな人がいるから無駄な残業が増えるのよ。

かよわい女性をこんな遅くまでしばるなんて、失礼しちゃうわ・・・」


怒りでヒールの音もいつもよりよけい高くなる。

しかし、注意してみると別のもう一人の靴音が微かに聞こえてくる。


(又だわ・・・今日も・・・つけて来る・・・。ああっ・・・いやっ・・・もう・・・。

どうして私ばかり・・・。それに、いつ帰るかなんてわからないのに・・・)


恵里子が足を早めると、もう一人の靴音も早め、ついて来る。

夢と全く同じだ・・・。

公園を通り過ぎると、マンションの灯が見えた。

 

(早くあそこまで。あそこに着けば大丈夫。それまで振り向いちゃダメよ、絶対・・・。 かえって危ないから・・・。)


冬だというのに汗がにじみ出てくる。

恐怖に喉がかれて擦れた息をついている。


あと100メートル。 

あと50メートル。


靴音が重なり、恵里子の耳元に、迫ってくる。


(ああ・・・こ、こわい・・・。誰なの・・・もう、やめて・・・)


涙が目に滲んでくる。

走れない。


走ったら飛びつかれそう。

もどかしい恐怖が恵里子を包む。


やっとの思いでマンションのエントランスに着いた。

急いで暗証番号を押し、エレーベーターに飛び乗る。


扉が閉まる前に覗くとホールには誰もおらず、オートロックのドアが閉まるとようやく安堵のため息をついた。

自分の階の番号を押して壁にもたれかかると、汗が額から流れているのがわかる。


心臓の鼓動が早鐘のように鳴っている。

エレベーターのドアのガラスに写る自分の顔は目が大きく見開いて、苦しそうに呼吸している。


(あーっ・・・もうイヤ・・・毎日、毎日・・・ひどいわ。私が何をしたっていうの?今日も・・・又・・・夢を見るのかしら・・・)


エレベーターのドアが開き、外廊下を歩きながら今来た通りを見た。

公園以外は、あまり街灯もなく暗い道が駅まで伸びている。


このどこかに、いるのかと思うとまた恐怖が襲って来るのだった。


あわてるように部屋のカギを開け、急いで閉めてロックした。

照明をつけると、壁にもたれそのまま玄関に座り込んでしまった。


暫く立つともできないまま、白い壁をじっと見つめる恵里子であった。


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