第四章 ランチ

あさりとトマトのボンゴレをフォークで巻きながら里美はため息をついた。


「どうしたの、元気ないわね?」

恵里子が心配そうに聞いた。


「別に・・・。

どうって事ないんですけど。


入社して半年ぐらい経って振り返って見ると、私ワープロとかコピーぐらいしか、仕事していないなって・・・・。


週刊誌なんか読むと、生き甲斐のある仕事とかって、いっぱい載っているし・・・。

みんな何か資格取ってるし、焦っちゃって・・・」


恵里子は黙って里美を見つめて話を聞いていた。

自分の若い頃と同じ事を言っていると思った。


恵里子は、この小さな元気の塊のような里美が好きであった。

可愛い顔立ちのせいでもあるが、意外に自分の意見を持ち生きる姿に共感を覚える。


給湯室でむやみやたらと時間を潰す女子社員が多いのだが、里美はその輪には入らず派遣社員である恵里子といつも一緒に居る。

傍目には姉妹のように思われているらしい。


「だって他の先輩達見ていると、悲しくなっちゃって。

隙あればさぼろうとして、仕事だって嫌そうにしているし。


あんな、人生楽しいのかなあ・・・?

私、結構好きなんです。


ワープロでも没頭しているとすぐ時間が過ぎちゃって・・・。

上司のきたない文字が私が打つとすごくキレイな文章になって出てくる時、少し快感なんです。


だけど、このままだと・・・。

仕事に慣れちゃって先輩達みたいになっちゃうのかなって。


大島さんみたいにCAD設計やってみようかしら?

せっかく設計会社にいるんだから・・・」


恵里子は食後の紅茶にレモンを入れながら優しく言った。


「そうね、それもいいかもね・・。

私も、あの人達サボッていてもいいけど、あんなにフラフラ仕事していたら、かえってつまらないのにと思っていたの。


人生の大半は働いているのに・・・・。

それを嫌々やっていたら、もったいないわ。


サボル時は一気にサボンなきゃ・・・って、これ・・遠藤さんの受けうり。

そうなのよね・・・。


遠藤さんみたいな人ばっかりだったら、オペレーターも楽しいんだけど。

大半の人達は私達の事、ただの道具としか思ってないんですもの。


平気で夜遅くまで残業させるし・・・・。

それに、すぐ嘘をつくのよ・・・。


あれ、この線引けって言ったっけ?やめるって言ったよね・・とか。

別に素直に直してって言えばいいのに。


さも、自分のせいじゃないみたいに・・・・。

私、小さい嘘つく人嫌い。


そういう人って結局、軽く見ているんですもの。

メーカーさんとの約束なんか簡単にすっぽかすくせに、反対に役員なんかに言われたら絶対遅刻なんてしないそうよ。


でも、これってうちの会社だけじゃないよね・・・。

あれ、なんの話だっけ?」


二人は吹き出してしまって、暫くクスクス笑っていた。


「遠藤さん・・・か。

あんなオジさんばっかりだといいのにね。


本当に、私も嫌いじゃないな。

あっ、でも好きとかそんなのないですよ・・・。


普通なところがいいんですよ。

自分が普通のオジさんだって、わかっているもの。


でも、なかなか、皆さん・・結構、御自分に自信あるみたいで・・・。」


「そうなのよねー・・って、人の事言えないけど」

又、二人は笑った。


「大島さんは好きな人、いないんですかぁ?」

上目使いで里美が聞く。


「うーん。いないこともないんだけど・・・」

曖昧に恵里子は答えた。


「もしかして、遠藤さん・・ですかあ?まさか・・・」

里美に言われて一瞬ドキリとしたが、


「バカね。奥様も子供もいらっしゃるわ・・・。

ドラマでもよくあるけど不倫って、よくわからないわ。


あんなに家庭とかズタズタにしてまで手に入れる程の愛なのかしら。

結局、奥さん裏切るような人って、あんまりいい人じゃないと思うんだけど・・・。


でも、大きなお世話よね。

当人達にとっては一大事だもの。


でも、私はダメ・・。

そこまで自分に酔えないもの・・・」


恵里子は伏目がちにカップを引き寄せた。


「えーっ。充分酔えますよ。スタイルだっていいし・・すごい美人だもの、大島さん」

「何言ってるの・・。里美ちゃんだって、男性社員にすごい人気よ。明日だって男の人達、群がって来るわよ。里美ちゃんこそ、好きな人いないの?」


憧れの恵里子にそう言われると、まんざらでもないのか顔を赤くして里美は言った。


「私も・・・いないけど。強いて言えば博士君、かなあ・・・」

「えっ水野さん・・・の事?」


意外な答えに驚いた。

水野貴男は今年で三十二になる。


なるほど、仕事も優秀だし背も高く、この会社も一流の部類に入から結婚相手には申し分なさそうである。

ただ、あまりにも暗そうで恋愛感情の対象には思いつかないのであった。


「うん・・・。

ちょっと暗いんだけど背が高いし、女の子にイヤな事言わないし、無理な事頼まないし。


私、渋過ぎるのかなあ・・・。


他の男の人達、なんか軽そうで・・。

でも、わからないんです。


勝手にちょっといいなあって思う程度で・・・。

でも、この間飲み会の時隣の席になって、それとなく聞いたんだけど・・・好きな人がいるんですって。


なあーんだって思って・・・。

それっきりなんだけど・・・」


カップを持って下を向いている里美を見ながら人の好みは色々あるものだと、つくづく思う恵里子であった。

自分はやはり、明るく元気のいい遠藤みたいな方がいいと思った。


でも自分で口にした不倫という言葉を想い出し、苦そうに紅茶を飲み干すのだった。

もうすぐ昼休みが終わるのか、次々とレジへ立つ人が増えてきた。


「出ましょうか・・。明日は久しぶりに汗かくかなあー」

と、軽く伸びをして恵里子が言った。


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