第三章 朝のオフィス風景
いつもより少し早く会社に着いた。
まだ、八時三十分だった。
フロアーは広く、デザイン部、構造部、設備部等でブースに分かれている。
設計の人は夜型が多いのか、まだ十人程しか来ていない。
フロアー全体で二百人はいるはずだった。
その中にやはり、遠藤はいた。
いつも7時頃、出社しているらしい。
早めに来てエンジンを温めていたせいか、今はトップギアに入れたように手を早めている。
自分でCAD入力しているようだ。
遠藤は雑用らしきものも殆ど自分でやっている。
そして半分程かいて、オペレーターや下の者に渡す。
その方が能率がいいし、自分の意図が伝わるそうだ。
真っ白な図面を渡されて抽象的な説明を受けても、やれるはずがないというのが彼の持論である。
だから彼の仕事の能率は良く、殆ど午前中で終わってしまう。
午後は現場に行ったり、クライアントに会ったりしている。
本人に言わせると時々さぼりに行くというが、きっちり日程を守っているので誰の迷惑にもならないし、もしそうだとしても仕事の能率を考えると良い事だと思った。
向こうのブースに目をやると構造設計部・・・建築の構造計算をする部署で一番数学的な知識を要求されるところである。
そこに、やはり朝の常連である水野貴男がいた。
今日もボサボサの髪で不精髭をはやし、牛乳ビンの底のような黒縁の眼鏡をかけている。
典型的な理系出身のオタクを絵にかいたような男である。
この会社は研究所のイメージから白衣を作業着にはおっており、その姿はまさに博士といった感じである。
女性社員の間では「博士君」というあだ名がとおっている。
もっとも、それは少しバカにした意味もあり、あまり人気もないというか殆ど無視されているといった感じであった。
恵里子も職場上、構造の人とは付き合いがないので正直、この男の事はよく知らなかった。
ただ背は高く、大学もかなり有名なところを成績優秀で卒業したそうである。
遠藤もあまり人の事は言わないのだが、
「あいつは、イイ・・。
この会社で一番だ。
他の腐った奴らに見習わせたいぜ・・・。
グダグダ文句も言わないですぐ計算するし、柱も細い。
どんな形でも、納めちまうもんなあ・・・・。
もっとも、俺はそんなワガママなデザインはしないけど・・・」
と、手放しで誉める。
恵里子も、それからは何とはなしに気にかけている男であった。
「おはようございます。大島さん」
後ろから事務員の里美が声をかけてきた。
「おはようございます」
「大島さん、明日はどうします?テニス大会・・・」
若いハキハキした口調で言う。
背はそんなに高くないが、年は二十一でかわいい目をしている。
男性社員からは結構人気がある。
「どうしようか、迷っているの・・・」
「そんなあ、ダメですよ。
男の人たちみんな期待して来るんですよ、大島さんが来るの・・・。
後の飲み会の盛り上がりが違うから、絶対、来てくださいよぉ・・・」
里美は力を込めて言った。
「またまた、こんなオバさん居てもしょうがないでしょ。でもいっか、たまには・・・じゃあ出席します」
「わあーっ、よかったぁ・・・。私、他の人だと気を使っちゃうし、大島さんがいてくれる方がたのしいわ。絶対ですよ」
里美はそう言うと更衣室の方へ歩いて行った。
(遠藤さん・・・も、来るかなあ?)
パソコンの電源を入れる前の画面に映る自分の顔に向かって、恵里子は心の中でつぶやいた。
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