真実(6)


「一清さんは、自分が勇二さんを探し当てたようなことを言っていたと思いますが。それは、一清さんが『自分の企み』を進めているんだと思わせることが必要だったので、そう言うように私が仕向けただけで。勇二さんを見つけ、この人しかいないと考えたのは、私です。最初は、普通に私の『多重人格』を見せて、それで勇二さんの興味を引く予定でした。


 ところが勇二さんは、面談した当日から、具体的な質問を次々と私たちにしてきて。あげく、一清さんが私たち『3姉妹』と付き合っていることまで見抜いてしまった。本当に、予想以上に『優れた人』なのだと、圧倒されました。そこで私は、『作戦』を変えることにしたのです。勇二さんが、私の言いなりになるようにと……。


 そのために考え付いたのが、モデルとなった2人を利用して、勇二さんを『竹乃と梅香に会わせる』ことでした。勇二さんは、ご自分の推理や考察にかなりの自信を持っていると思われるだけに、それが完全に『覆された時』、大きな衝撃を受けるだろうと。そこで私が、勇二さんを慰めるように語り掛ける。それで勇二さんは、『落ちる』と考えました」



 ……確かに、な。あの時の俺は、完全に松音の「意のまま」になっていた。あの時点では、松音の方が一枚も二枚も上手だったことは、間違いない……。



「そうそう、勇二さんは先ほど、私が『プロの方』を雇って、モデルの2人を死に至らしめた……と仰っていましたが。私は2人の『処遇』を、裏の販売網を通じて知り合った方々に、お任せしただけです。宜しくお願いしますね、と。それは、一清さんについても同様です。私がプロの方にお願いしたとか、具体的な指示を出したわけではありません。


 ですから、私が誰かを殺すように指示した、『殺人教唆』といった罪に問われることもないと思います。知り合いになった『怖い人たち』が、あくまで自主的にやった……ということです。そこは少し、訂正させて頂きますね。


 モデルになった2人は、本当に竹乃と梅香にピッタリで、竹乃のもじもじする様子、梅香のハキハキとした言葉遣いなどは、あの2人を大いに参考にさせてもらいました。しかし、キャララクターとしては完璧に近かったものの。残念ながら、容貌に関してはお二人とも、ごく普通といった感じで……そこで、勇二さんが仰ったように、『代役』をしてもらうため、整形手術を受けて頂きました。


 その上でお二人には、私がたまにやっていた『ファッション誌の仕事』を紹介したんです。自分たちには縁がないと思っていた『華やかな世界』に触れることが出来て、その上謝礼も貰える。お二人とも『夢のような話』だと、整形することを喜んで受け入れてくれました。


 ただ梅香の、私と竹乃の『呼び方』に関しては……私も盲点でしたね。竹乃はいつも私を『松音姉さん』と呼んでましたので、それを参考にしてしまったのでしょう。松ねえ、竹ねえという呼び方は、いかにも元気者の梅香らしい言葉遣いですもんね……。あの短い時間のわずかな会話だけで、そこに気付いた勇二さんが、さすがというしかありせんわ」




 ここまで、松音の話をずっと聞き続けて来て。俺はここで、俺自身の言葉で、松音に確かめたいことがあった。俺は、自分を落ち着かせようと、ふう……と長い息を吐き。それから、松音に向かって語りかけた。



「それで、笹川にやったように。俺に対しても、『最後の決め手』を打ったわけか。ヤクザものに連れ出されたフリをし、雨に打たれながら、俺の帰りをアパートで待った。あの大雨は、あんたの目的を達成する上で、これ以上ない『演出』になったわけだな……」



 まず、マンションで松音の不在を確認した俺を、「竹乃」につけさせ。竹乃に、「何があったか」を語らせる。その前に「一清」に会って、松音が「ヤバいことに巻き込まれる可能性がある」と知らされていた俺は、部屋に残された「ヒント」のこともあり、竹乃の話を疑うことなく、そのまま受け入れた。竹乃の「つたない話し方」からすれば、途中であれこれ質問を交えたりするより、話すままにした方がいいと考えて。まさに「その時に応じた、人格の変化」だったわけだ。


 そして、松音と一夜を明かした後は。アパートに梅香が来て、田舎に帰るかもしれない松音を引き留めるようにと、俺に忠告した。このシチュエーションではやはり、ハキハキ話す梅香の方が「適役」だろう。俺に怒ったような口調で「もっと素直になりなよ」などと言うのは、竹乃では出来ない芸当だ。ここもまた、「その場に応じた人格」を用いて。俺の方から、松音に会うように仕向けた……。



「そこで俺が素直に、ここに来ていれば。あんたの計画はまさに『完遂した』だろうけどな。あいにく俺は知り合いの刑事から、一清の死と女性の変死体の件を聞いて、気付いてしまった。あんたが本当に、多重人格の持主だとしたら。これまでの流れがまた、一気にひっくり返るとね……!」



 ここにきて俺は、松音を「あんた」と呼び、自分を「俺」と呼び始めていた。もはや俺と松音は、探偵と依頼人ではなく。そして……想いを確かめ合った、「男と女」でもなく。今の俺たちは間違いなく、お互いの頭の良さを認めた上で、相手を制しようと試みて火花を散らす、「好敵手同士」だと言えた。いや……俺に取ってはやはり、松音は「断罪すべき存在」なんだと。俺は、俺自身にそう言い聞かせていた。



「そうですね……その通りです。それが、こんな『残念なこと』になるとは、予想外でしたわ。でも、やっぱり勇二さんは、私が見込んだ通り。いえ、私が見込んだ以上に、『素晴らしい人』なんだと、確信しました。


 そこで、勇二さん。改めてお聞きしますが。ここまで私の話を聞いた上で……あなたはこれから、『どうされますか』……?」



 松音の独白を、聞き終えた上で。俺はここで、どうすべきなのか。

 それは、俺自身もまだ決めかねていた、最大の命題だった。


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