真実(5)


「私は都会に出て来て、色んな人から声をかけられました。その中には、勇二さんにもお話したモデルのような、比較的『まっとうな仕事』もあったんですけど。そのほとんどは、私を食い物にしようという意図が伺えるものでした。そこで私は逆に、これをチャンスだと考えました。そういった、私に近づいて来る『良からぬ輩』を手なずけることで、目的に近づけるはずだと。


 私が座敷牢の中で、描いていた夢……こちらに出て来た目的。勇二さんの言葉を借りれば、私がしてきたことの『動機』ということになるでしょうか。それは、この世界を、私の思い通りに動かすこと。世界を、私の足元にひれ伏させること。私はこの都会で、私の『王国』を作り上げようと考えていました。


『王国』だなんて、現実離れした、夢みたいな話を……と、お思いでしょうか? 先ほど申し上げましたように、これはまごうことなき、私の『夢の実現』なんです。座敷牢に囚われている間、私に同情してくれた数少ない者が、私が読みたいと思っていた本を密かに届けてくれていました。ネット環境などの『外部に繋がるもの』はさすがに無理だったのですが、私は1人きりの監獄で、出来得る限りの知識を蓄えようと試みました。


 そして私は、この世界が想像以上に、悪意に満ちていることを知りました。私を監禁した『閉ざされた田舎町』も、相当に悪意に満ちたものでしたが。外の世界では、それぞれがそれぞれに、その欲望を満たすために生き、行動している。私はそんな者たちに近づき、配下に置くことにより、その頂点に立とうと考えたのです。私の築き上げた王国を、統べる者として。


 私は1人きりでバーで飲むなど、悪意を持った者たちが近づきやすい環境に身を置き。私に『声をかけて来る者』を待ち受けました。そこに、一清さんが現れたのです。最初はただの女好きかと思いましたが、話を聞いているうちに、この男は『使える』と思うようになりました。


 一清さんが使っていた、『裏の販売網』。これは、単に利益を得るためではなく、私のネットワークを広げていくのに格好のツールだと思えたのです。扱っているものがものですからね、そのネットワークは表に出ることなく、深く静かに広がっていく。己の欲望を、満たそうとする者たちによって。


 そして私は、一清さんを私の意のままに操るため、まず妹2人に会わせました。あの人が、お店で扱っている女性もののアクセサリーなどに詳しいことも承知していましたので、それとなくテーブルの上に置いておけば、注意を引くだろうと。その上で、バッグを少し開けておいて、普段使っているものとは『別のスマホ』がチラリと見えるようにしておく。一清さんは予想通り、私の後を付けて来てくれて……梅香から私に『戻る姿』を見せることで、まんまと術中にハマってくれました。


 それから一清さんに、私の『別人格』のこと、更に私の中で作り上げた、架空の『野見山家の跡継ぎ問題』を語ったのです。最初に梅香として一清さんに会った時に、誘惑するような声をかけたのは、それこそが私の『狙い』だったからです。私だけでなく、竹乃と梅香とも『関係を持つ』ように仕向けるつもりでした。そうなれば一清さんは、『私たち』を上手く操れると考え、自分が跡継ぎになるための算段を考え始めるだろうと。

 

 そしたら一清さんは、思った以上に『欲張りさん』で。竹乃や梅香が積極的にならずとも、一清さんの方から口説いて来てくれました。そこで、竹乃や梅香が私のコントロール下にないような素振りなどを見せ、それに悩んでいるような仕草も見せつけて。一清さんがそれを疑いもなく信じ込み、計画が思い通りに進んでいると感じた私は、そこで更なる『決め手』を打つことにしました。……それがなんだか、おわかりですか? 勇二さん」



 悪戯っぽく、そう問いかけてきた松音に対し。俺は、そこまで話を聞いて来た上での、自分の考えを述べた。


「更なる決め手……時系列から言えば、それは。あなたを通さずに、笹川に直接コンタクトを取ったという、『当家の使いの者』じゃないか……?」



 松音は嬉しそうに「ぱちぱち」と拍手をしながら、その「解答」の解説を始めた。


「そうです、ご名答。さすが勇二さんですね。私は、小さい頃からよく知っていて、何度か『変化』して大人たちを驚かせていた、叔父の姿になり切って。一清さんの前に、『使いの者」として現れたのです。


 そんなこととは夢にも思わない一清さんは、当家が直接接触してきたと知り、完全にのぼせ上っていましたね。これで自分は、何があっても『後継者』になれるはずだと。まさか私が『男性』にまで人格を変えることが出来るとは、思ってもみなかったでしょうから……」



 そして松音は、着ていた部屋着の裾を、胸元の上まで持ち上げた。松音の豊かな胸の膨らみが、服の動きに連れ、薄手のアンダーの中で小躍りした。……すると。


 その、松音の「豊かな膨らみ」が。先ほど、髪が短くなった時のように、「すすすす……」と、「しぼんでいった」。少しすると松音の胸は、「男性の胸部」と変わらない、起伏のない平らなものになっていた。



「私は髪型だけでなく、こうして『体型そのもの』も、変化させることが出来るんです。もう少し時間をかければ、体全体を男性っぽく、もっと『逞しい感じ』に仕上げることも可能です。この『特性』も、私が小さい頃……いえ、生まれた時から備わっていたものなのですが。通常の私はもちろん、女性が『ベース』ではありますけど。同時に、『男性の機能』も備わっているんです。私は、いわゆる『両性具有者』として生まれたんです……。


 生まれた時点ですでに、男性的機能は『添え物』のようなものだったのですが、それでも私の中に、遺伝子レベルで『男性的なもの』が存在していたのは間違いありません。それを呼び起こすことによって、私は『男性のような姿』にも変化出来る。……そんな子供を、当家が『化け物』と見なしたのも、致し方なかったのかもしれませんね。


 とはいえ、野見山家にはそんな『特性』を持った者が、以前にもいたようなんです。私の実家は、それはもう田舎の名家として威厳を誇っていますが、その『血筋』を大事にするあまり、『他所の血』が混入することを嫌っていたようで。つまり、『血縁同士での婚姻』が、非常に多かったらしいんですね。


 その影響が、多少はあったのかもしれません。私のように、他者に変貌する特性や、両性具有など。そんな、一般的に見れば『奇形』とも言える子供が、野見山家には過去にも生まれていたんです。


 私が監禁された座敷牢は、野見山家が歴史的に、そんな『奇形の子供』を世間から隠蔽していた場所なんですね。そしてその中でも、私は『特別』というか、『異例中の異例』でした。両性具有の特徴を基に、同性だけでなく、異性にも変化することの出来る子供。そこまでの子供は、私が初めてだったらしいです。つまり、私は。野見山家の呪われた血の歴史を、全て背負って生れて来た。そう言っても過言ではないでしょう。


 私は、私と同じように監禁され、しかし私のようにそこから脱出することが出来ず、そのままで一生を終えてしまった『子供たち』の想いを、狭い座敷牢の中で、じっと感じ取っていました。私の当家に対する『復讐』は、私だけでなく、野見山家に囚われ、蔑まれてきた子供たちの怨念も込められているんです。


 呪われた血筋を隠しながら、田舎町に君臨するほどの威厳を保つ。そんな野見山家の歴史を背負って生まれた私は……『田舎町の王様』などでは、とても物足りないと思えたのです。私は、外の世界に出て。もっと大きな『王国』を作り上げ、そこに君臨する。その時、田舎町を支配して満足している野見山家は、私が作り上げた王国の『一部分』に過ぎなくなる。それが、私が座敷牢の中で考え抜いた、『叶えるべき夢』でした……」




 俺は松音の、衝撃的な「独白」を、何か口を挟むことなく、ただじっと聞いていた。そして、松音が背負って来たもの、松音の中に蓄積された「想い」のことを、考えていた。


 ……座敷牢に監禁され、他人と触れ合うことも出来ず。竹乃と梅香という「2人の妹」を産み出すことによって、かろうじて松音は「自我」を維持していた。そして松音は妹たちと共に、いつか「ここを出た後」のことを、話し合った。それは、ほんのわずかな希望だったかもしれない。田舎町に君臨する野見山家に囚われた身としては、「外の世界に出ていく」など、まさに「夢のような話」だったろう。松音のように「自分の味方」を産み出すことのできなかった過去の子供たちは、大人になる前に、座敷牢の中で息絶えていたかもしれないな……。


 しかし松音は、2人の妹という「味方」を得て。まだ小さい子供の頃から、成人するに至るまでの長い年月を、「夢」を見続けながら生き延びた。松音の中でいつしか、その夢は「現実として叶えるべきもの」へと変わって行った。「座敷牢で死んだ子供たちの怨念を受け取った」というのが事実なのかどうかは、俺にはわからない。だが少なくとも松音は、そう信じていた。松音は母親の死によって訪れた「最大のチャンス」に、夢を叶えるための全てを賭けた……。



「妹たちと『恋人関係』になり、『当家の使い』の信任も得たことで。一清さんは完全に、私の思い通りに動かせる存在となりました。そして私は、一清さんに内密のまま、『裏の販売網』を通じて、竹乃が言うところの『怖い人たち』ともコンタクトを取り。その人たちも、さすがに完全にとはいきませんが、ある程度私の思惑通りに動いてくれるという確信を得ました。


 この状況に至って私は、夢を実現するための、『次なる計画』。目標を達成するには必要不可欠と思われる、『最も重要な要素』を得るための計画に着手したんです。それが……勇二さん。『あなたを、私のものにする』ことでした。


 一清さんは上手く騙せましたが、『怖い人たち』などは、私のことを恐れるようなところもあって、仕方なしに『言うことを聞いている』節もありました。人格が変わり、それに応じて見た目も変わってしまう女に、ヘタに逆らわない方がいいと考えたのかもしれませんね。

 

 しかし、そういった『恐怖による支配』は、いずれ反発を招く可能性があります。このまま言いなりになるよりはと、いつか私の命を狙おうと考えるかもしれません。だから私には、夢を実現させるために。私のことを怖がらずに、『受け入れてくれる人』が必要だったんです。


 これまでに何度も、霊的なもの、『超自然的なもの』が関わった事件に関与し。それを『解決に導いて来た』、桐原勇二という探偵は。私を受け入れてくれる人として、これ以上ない存在だと思いました。だから私は、あなたの『好み』も調べた上で、あなたの事務所に『依頼』をしに行ったのです……」

 



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