真実(4)


 俺の投げかけたその疑問に、松音は再び、「ふふふ……」と、ゾクっとするような笑みを浮かべ。そして、テーブルの向かい側で、「すっく」と立ち上がった。



 すると、松音は。それまでの「しゃんとした姿勢」から、少し猫背のような体勢になり。そして、俺の方を「ちら、ちら」と伺うような視線をしながら。その、「背中まで伸びた髪」が、「するするする」っと、少しずつ短くなっていき。やがて、「肩までの長さ」へと変化した。今、俺の目の前にいるのは。松音ではなく、間違いなく「竹乃」だった。



「あの、えっと、こんな形で桐原さんに会うとは、思わなかったんですけど。でも、松音姉さんが、どうしてもって言うから……あたしが何をどう言えばいいのか、全然わからないんですけど。詳しいことは、松音姉さんに聞いて下さい。ごめんなさい……!」



 そう言って「竹乃」は、ぺこりと俺に頭を下げ。姿勢を元通りにすると……今度は、猫背っぽい姿勢が、背筋をピンと張ったように真っすぐになり。肩にかかっていた髪が、更に短くなっていき、耳が見えるくらいの「ショートカット」に変化した。



「あー、松ねえのこの部屋着、あまり好きじゃないんだよねえ。いつもの短いパンツとかああいうのが好きなんだよ、動きやすいしさ。って、桐原さん、あたしが桐原さんのこと『いいな』って思ってたのは、ほんとだからね? もう松ねえにもバレちゃってるけどさ、やっぱり『姉妹』だからっていうか、元々が『同じ人間』だからなのか、わからないけど。あたしと松ねえの好みは、一致してるってことなんだろうなあ」



 茫然と、「その変化と姿」を見つめるだけの俺に、「梅香」はそう言うと。顔つきがやや険しくなり……そして、ショートカットの髪はそのままだったが、着ていた部屋着の首元を、右手で少し持ち上げ。顔を「半分隠すようにして」、俺に話しかけて来た。



「桐原さん、なんとも中途半端な姿で、申しわけないね。今のところ、この辺りが変化の『限界』でね。でもまあ、元の人間がいなくなったことだし。これ以上の『成長』は要らないだろうしね……」


 その姿は、事務所のあるビルを出て遭遇した、「笹川一清」そのままだった。



 そして「笹川」は、再び「しゃんとした姿勢」に戻り。それから、ショートカットの髪が、ゆっくりと、下へ向かって伸びていき。その毛先が背中まで達した頃に、目の前の「松音」は、「……いかがでしたか?」と、俺に向かってニコリと微笑んだ。



「これが、『本当の私』です。自分のなりたい人格に合わせて、体型や髪型まで、変化させることが出来る。小さい頃から、私に備わっていた『特性』でした。一清さんには、それを理解してもらうのは難しいと思ったので、髪型は『ウィッグを付けて変えている』ことにしましたけども。これまでに、多くの『理解しがたい案件』に携わって来た、勇二さんでしたら。私の『この姿』も、『実在するもの』だと、受け入れて頂けるんじゃないかと……」



 そう言われたものの、俺にとっても今の「松音の変化」は、かなりの衝撃だった。一清には理解出来ないというのは、その通りだろう。ある程度の「予想」をしていた俺ですら、その変化を目の当たりにして、茫然としているのだから……。




「私はこの『特性』を生かして、小さい頃はよく大人を騙したり、ビックリさせたりしてたんです。それはほんとに、子供っぽい『悪戯心』だったんですけど。さすがに子供の体型が大人の背丈にまで『変わる』ことは出来なかったので、子供の身長のままで、父親や母親、叔父や叔母などに『変化』して、相手を驚かせるイタズラをしてました。でも、それは大人たちにとっては、単純に『恐怖』でしかなかったんですね……。


 私がそんな『特異体質』の持主だと気付いた当家は、それを他に悟られまいとして、私を座敷牢のような部屋に閉じこめました。由緒ある名家の、跡継ぎになるはずの一人娘が。そんな『化け物』のような子供だということを、知られてはならない……! それが、当家の大人たちの、共通した考えでした……」



 そうか……。俺が当家に、「娘さんのことについてお聞きしたいのですが」と連絡を入れても、「門前払い」を食うだろうというのは、「そういう理由」もあったんだな。そんな娘のことを、よそ者の探偵などに、話すわけにはいかん! ということか……。



「私は座敷牢に監禁されたまま、何年もの時を過ごし。そんな中で、自分の味方、『話し相手』を作り出したんです。それが、2人の『妹』、竹乃と梅香でした。家のお手伝いが、扉越しに食事を運んでくる以外に、他の者と接する機会がない環境で。それは、私の中に生まれた唯一の『希望』であり、安らぎでした。


 私の言うことを素直に聞いて、『うん、うん、そうだね』と頷いてくれる竹乃。時には『それはさあ~』と、自分の意見を言ってくれる梅香。正反対な2人のキャラクターは、そのどちらもが、私には必要不可欠な存在になりました。そして、私が成人した頃。母親が亡くなり、私も一時的に座敷牢から出て、母親の葬儀に顔を出せることになりました。私はそこで……長い間閉じこめられていたことに対する、『復讐』を始めたのです。2人の妹、竹乃と梅香の人格を駆使することによって。


 その時々によって、人格も見た目も変わる私に、当家の人々は驚き、戸惑い。私は座敷牢に戻ることを拒否し、私の存在を『他所に知られない』代わりに、田舎を出ていくことを当家に認めさせました。都会に出て、幼い子供を長年監禁していたことを訴え出れば、由緒ある名家と言えども、何らかの罪を問われる可能性がある。当家の影響下にある『田舎町』では難しいことでしたけど、その『脅し』は当家に有無を言わさず私の条件を飲ませることに、大いに役立ちました。それゆえに、私の口座には今も定期的に、ある程度の金額が補充されているんです」



 俺は一清が、「嘘の中に、巧みに真実を混ぜて話していた」と考えていたが。それは、松音が一清にしていたことだったんだな。松音が由緒ある名家の「犠牲者」であることは間違いないが。2人の妹が「生まれた」のは、そんな過去が原因だったとは……。一清から話を聞いた時に、「閉ざされた環境下で、松音は自分が救われる道を、自分の中に求めるしかなかったのだろう」と考えたのは、「当たっていた」わけか……。



「閉じこめられた座敷牢、そして閉ざされた田舎町という環境から抜け出し。私はいつか都会に出て、やりたいことがある……! と、2人の妹と共に、夢を描いていました。そして念願の、田舎からの脱出を果たした私は。この都会で、『夢を叶える』ための、行動を始めることにしました」


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