真実(3)


 そこでまた、俺と松音との間に、沈黙が流れた。先ほどよりも更にズッシリと重いその沈黙は、俺が言ったことを即座に否定しなかったことで、事実上松音が「それを認めた」と言っても良かった。だが松音はまだ、俺に疑問を投げかけて来た。



「……一清さんが亡くなったのは、私たちが呼び出したことが発端なんでしょうし、そのことに間接的に私が関わっているというのは、今更言うまでもないことですけども。なんですか、女性の変死体? それは一体、私とどう繋がるのでしょうか。それに、勇二さん。あなたは、大事なことを忘れていますわ。あなたはなぜか疑問を抱いているようですが、間違いなくあなたはこの部屋で、私の2人の妹、竹乃と梅香を『見た』んですよね? それは動かしがたい、紛れもない『事実』だと思いますが……」



 恐らく松音は、先ほどの俺の言葉にどう返答しようかと考えた上で、今の言葉を言ったのだと思われた。……ここであえて、「そのこと」を持ち出してきたということは。俺に、それを言わせたいということか。松音も、俺の「推理」がどの程度まで真相に近づいているのか、それを確かめたいと思ったのかもしれないな……。



「はい、それもまた、松音さんの仰る通りです。私はこの目で、竹乃さんと梅香さんを見ました。このリビングの、あの扉のところに、『立ったまま』だったお二人を。しかしお二人は、そこから決して中に入ってこようとしなかった。つまり、私に『それ以上近づいてこなかった』。それは……私が見た竹乃さんと梅香さんが、別人格の『代役』であることを、悟られまいとするためだったと思います」



 ……そう、あの時竹乃も梅香も、扉のところに立ったきり、部屋の中には入らず。松音の呼びかけに対し、買い物に行くと言ってそのまま扉から離れていった。そして、あの時梅香は。松音のことを『松音姉さん』、竹乃のことを『竹乃姉さん』と呼んでいた……。


 梅香が2人の姉をそんな風に呼んだのは、この時だけだ。この時以外は全て、「松ねえ」「竹ねえ」という呼び方をしていた。最初の面談の時も、俺のアパートに来た時も。事務所で竹乃が語っていた話の中でさえ、そうだった。つまり、この時の梅香だけが、「他と違っていた」ということになる。



「笹川さんは、こうも言っていました。あなたは別人格を成長させるための『人間観察』をする際に、竹乃と梅香のモデルとなり得るような人物を発見した時には、時間をかけてじっくりと観察していたと。そしてあなたは、まさに竹乃と梅香に『ぴったりのモデル』となる女性を見つけた。そこで、その2人が『何かの時に使える』と考え。モデルとなる女性と接触した……。


 私がこの部屋で見た竹乃さんと梅香さんは、このソファーに座った位置から見た限りでは、事務所で見た2人と『同じ顔』に見えましたが。性格のモデルとなった女性が、顔まで妹2人に似ている、つまりあなたと似た顔をしているという可能性は、さすがにないだろうなと思います。恐らくあなたは、モデルのお二人を説得して、整形手術か何かを受けさせたのでしょう。定期的に補填されているという『当家の財産』を生かし、その女性2人に手術費用だけでなく、それに見合うだけの『謝礼』を渡して。


 そしてあなたはモデルのお二人に、このマンションに来てもらい。私の前で、竹乃と梅香の『フリ』をさせた。しかし、言葉を発する必要のない竹乃に比べ、『セリフ』を割り当てられていた梅香に関しては、思惑通りにはいかなかったようですね。梅香がいつもしているお姉さん方の『呼び方』まで、正確に再現することは出来なかった。


 それでも、2人の姿を目の当たりにして、私がかなりの衝撃を受けたことがわかり、『作戦』は成功したとあなたは判断し。その『秘密』を保持するため、モデルとなった『若い女性2人』の、口を封じることにした……」



 松音は何か言葉を挟むことなく、俺の話をじっと聞いていた。それは、現時点に於いてはまだ、「言うべきこと」がないのだろうと俺は考えていた。つまり、ここまでの俺の推理が、100%とまではいかなくても、「真実に近い」という意味だと、俺は解釈し。更に、話を続けた。



「あなたはこのマンションで、笹川さんが薬物の取引をしていたヤクザ者たちに連れ出されたと言っていましたが。実はあなたは、『その時に応じて、入れ変わる人格』を用いることによって、そのヤクザ者たちも手なずけてしまっていた。もしかしたら、ある意味『支配下に置いた』と言ってもいいかもしれません。


 あなたのその魅力と、人を自分のペースに巧みに引き込む手管は、人格を入れ替えることで、更に強化され。ヤクザ者たちも、あなたと『手を組む』ことで、より多くの利益を得られると考えた……そう『思わされた』のではないかと思います。そこであなたはヤクザ者たちに、『その道のプロ』を紹介してもらい。モデルとなった女性2人の『始末』を依頼した……。川辺で見つかった、『プロの手口による他殺死体』が、そのお二人ではないかと私は考えています。


 更に、警察では自然死もしくは自殺と考えている、笹川一清についても。おそらくは、その『プロの仕業』ではないかと。私は知り合いの刑事に、『ホームレスのような身なりをした』笹川さんと、事務所を出たところで遭遇したことを伝えていました。そのことにより、笹川さんの遺体が発見された時に、警察が『逃亡の果てに、命を落とした』という考察を、自然とすることに繋がった。別人格のあなたが私と会ったのは、そういう『狙い』もあったのだと思います。


 以上が、先ほどあなたが私に問いかけてきた、妹2人をこの目で見た私が、その『事実』に疑いを持っていること。そして、あなたが笹川さんの死と、女性2人の変死体とも『繋がりがある』と考えた理由です。何か、『訂正すべき箇所』はありますか……?」



 俺はあえて、「反論」ではなく、「訂正すべき箇所」と表現した。松音の態度を見て、俺の推察が「ほぼ的中している」ことは、間違いないという確信があったのだ。そして、松音は。俺のその言葉を受けて、「ふふふ……」と、意味ありげに微笑んだ。それは、今まで俺が見たことのないような、思わず「ゾクッ」とするような微笑みだった。



「いかにも勇二さんらしい、見事な『解説』ですわね。そこまで推理していながら、あなたはまだ、私がそんなことをした『動機』がわからない。それを、この場で確認したい。そういうことで、宜しいでしょうか……?」



 それはまさに、松音自身が自分の言葉で、俺の推理を「認めた」と言っていい瞬間だった。そして、松音の言った通り、その「動機」だけが俺にはわからなかった。


 一清の「裏の販売網」を手に入れることだけが目的では、やはり3人の命を奪うまでの動機としては、弱いのではないか。もっと何か、「大きな理由」がある、俺には考えつかないような、恐るべき「真実」が……。



 そして俺にはもうひとつ、「確認したいこと」があった。あの、お互いに「想いを確かめ合った」と感じた夜のこと。その時に「確かめた」ことが、俺にはわずかな疑問として残っていた。



「はい、私にはまだ、あなたの『動機』の全てまでは、わかっていません。そして……これもまた、あなた自身に確認したかったのですが。


 笹川さんは、あなたが竹乃や梅香から松音に戻る時、その逆に、松音から竹乃や梅香に変わる時。『ウィッグを付け直して』、人格の変化を完成させるらしいと言っていました。しかし……私の部屋に、あなたが来た夜。あの夜、雨でずぶ濡れになったあなたは、私の部屋でシャワーを浴び、『濡れた髪』で出て来た。そして、一夜を共にして……私は、あなたの背中まで伸びる長い髪が、ウィッグではなく『実毛』だと確認しました。


 つまり、あなたは。それぞれの人格に合わせて、体つきや体質まで『わずかに変化する』だけでなく。長髪からショートカットまで、髪型までも自由に変化させることの出来る、そんな『極めて特殊な体質』を持っているのだと。そう考えざるを得ませんでした。そんな人間が、果たして存在するのだろうかと……」


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