真実(1)


「ようこそ、勇二さん……お待ちしてましたわ」


 松音は満面の笑みで、マンションの部屋に俺を迎え入れた。それは、俺に会えたことに対する嬉しさの現れにも思え、俺は少し、松音の視線から目を逸らしてしまった。



 今日の松音の服装は、最初に事務所に来た時の「外国映画仕様」でも、初めてマンションに来た時の「他所行き仕様」でもなく。松音が普段部屋の中で着ている、「部屋着」に近いものに感じられた。あたかもリラックスしているかのようなその様子は、俺はもうすでに「客」ではなく、もっと親しい間柄になったのだという信頼度が、それだけ厚いということなのだろうと思われた。


「そうそう、これ、ありがとうございました。黙って持ち帰ってしまうのはどうかなと思ったんですけど、脱いでそのまま置いておくのも申し訳ないと思って。Yシャツは改めてクリーニングに出しておきましたので」


 松音はそう言うと、俺の部屋で松音に渡した、あのYシャツと短パンを取り出した。Yシャツは松音が言った通り、再びピシっとした折り目が付いて、ビニール袋に入っており。短パンも洗濯した後に、綺麗に四角く折りたたまれていた。


「雨で濡れた私の服は、浴室の前に広げて軽く干しておいたんですけど……下着まで広げておくわけにもいかないですしね。朝になって着直した時は、まだちょっと濡れてましたけど。さすがに勇二さんにお借りした服を着たままでは、外を出歩けないかなあと思いまして」


 そう言ってニコリと笑う松音の顔を見て、俺の胸の中に、「あの夜」の記憶が鮮明に蘇って来ていた。その記憶は、これまでとはまた違った意味で、俺の胸を切ないくらいに、ぎゅっと締め付けていた。



「コーヒーも、ブラックで用意しておきましたので。私も、同じものを頂きますね。……梅香とは違って、私はブラックでも大丈夫ですから」


 松音はそう言い残し、ソファーに座った俺をリビングに背を向け、いそいそとキッチンへと向かった。……なるほど、こないだ梅香が来た時のことか。さぞかし「苦味」が口に残ってたのかもな……。



 キッチンから戻った松音は、2人分のコーヒーをガラステーブルに置き、灰皿もその脇に置いて。それから、「あの」キセルを取り出した。


「こうしてまた、勇二さんを前にして、ここでキセルが吸える。そんな『当たり前のこと』が、なんだか凄く大切なもののように感じられますわ……」



 当たり前のことが、凄く大切に思える――。まるで、これから俺が言おうとしていることを予測していたかのような、松音の言葉だったが。俺は慎重に言葉を選びながら、「実は……」と、一清の死を、松音に告げた。



「……見つかった時は、何日も食べていなかったような状態だったらしく。警察の見解では、恐らく衰弱しての自然死か、あるいは自殺という可能性もあると見ているようです……」



 松音は少しの間、キセルを右手に持ったまま、じっと黙り込んでいた。そして、「ふう……」とため息をついた後。「そうですか……」と、絞り出すように口を開いた。


「そんな、みじめな姿で……それが、あの人に相応しい最期だった、とは思いたくないですけれど。でも何か、それは運命というか。あの人に定められた『未来』だったのかもしれませんね……」


 その松音の言葉は、自分で「そう思い込もうとしている」ようにも感じられた。やはり、一清の死に責任を感じているが、そのことを思いつめたりすることのないよう、自分を戒めているかのような。そんな気配が伺え、俺は次の言葉をどう切り出そうか迷ったが。松音が予想よりも、大きなショックを受けていないと判断し。ここへ来た「本題」に関わる話を始めた。



「本当に、残念なことになってしまって……。お悔み申し上げます。そこで、竹乃さんや梅香さんにも、このことをお伝えした方が宜しいと思うのですが。私が伝えましょうか、それとも松音さんからお伝えになりますか……?」


 そこで俺は、松音の動きが一瞬「ぴたっ」と止まったように思えた。だが、それは本当に一瞬のことで、すぐに松音は「そうですね……」と考えるような仕草をして。「ここは、私が伝えようと思います。勇二さんでも、特に問題はないと思いますが。私が言った方が、その場で妹たちを慰めることも出来ますし……」と、思案顔のまま答えた。



 俺は松音の考えを受け。表向きは、その考えに同意するように、言葉を続けた。


「そうですね、その方がいいと思います。それでは、竹乃さんと梅香さんを。今から、、宜しいでしょうか?」



 今度こそ、松音の動きが、そこで「ぴたり」と止まった。そして俺の顔を、不思議そうに見つめ始めた。


「……2人を、今ここにですか? それはまた、どうして……。そんなに早急に、伝えなければならないわけでもないでしょう?」



 それまでとは違い、その松音の言葉は、明らかに俺に対しての「疑問」を込めたものだった。そして俺は、あえて松音と正面で向き合うような形を取り。次の言葉に、俺の意思をはっきりと込めた。



「はい、早急に伝えなければならないことでは、ありません。しかし私は、出来ればこの場で、確かめておきたいのです。松音さん……あなたと、2人の妹。竹乃さんと梅香さんが、あなたと『』を……」


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