新事実(3)


『遺体を見た大沼たちも、ビックリしていたがな。俺はお前から連絡を受けて、ある程度のことは薬物課の奴らにも伝えていたんだが。マークしていた頃の笹川は、経営者としてそれなりに羽振りのいい身なりをしていたにもかかわらず、見つかった遺体は、本当にホームレスのようだったと。しかも、何日かろくに食事もしてなかったんじゃないかと思うくらいに、衰弱した様子が見られた。

 恐らく死因は衰弱した末の自然死か、自殺ではないかと、大沼たちは考えている。お前も言っていたように、店を譲渡することと絡んで、薬物を扱ってるヤクザもんと何かトラブルでも起きて、密かに身を隠そうとしていたんだろうとな。この件については、俺はこれ以上関わることは無さそうだ』



 逃げ延びようとしたあげくの、衰弱死か……。自殺という線も捨てきれないが、一清の性格からして、なんだかんだとしぶとく生き延びそうに思えたがな。そう簡単に死を選ぶ奴とは、思えないがな……。



『実は俺の方は別件があって、今はそっちに集中することになると思う。勇二、お前が興味を持ちそうな、猟奇的な事件だけどな。とはいえ、お前の得意な「超常現象」には関係なく。その手口からして、恐らく「プロの仕業」じゃないかと睨んでいる。解決まで持っていくのは、苦労するかもな……』



 西条が言った「別件」とは、ひと気のない川沿いで、若い女性2人の死体が発見されたという事件だった。それも、足を滑らせて川に落ちた子供を探しているうちに、捜索隊が偶然死体を見つけたらしい。もし子供の件がなかったら、そのままあと何週間か何カ月か、死体が「見つからない」可能性もあったようだ。


 そしてその死体は、すぐに身元がわからないように顔を潰され、指紋も取れないように、両手首を切断されていた。しかしそれは被害者に拷問などをした跡ではなく、目的はあくまで「命を奪うこと」で、身元不明にするために「死後の処理」をしたものだと思われた。もし見つからないまま時が過ぎれば、身元を確認するのは相当難しくなっていただろう。


 そんな手口が、『プロの仕業』と思わせるに十分だったのだ。超常現象が影響を及ばさずとも、人は時に、目的のため、己の欲望のために、残酷な行為に及ぶ。俺はこれまでの経験から、そのことも十分に心得ていた。



『こないだ言ったように、もしかしたら笹川の件で、お前のとこに事情聴取が行くかもしれない。まあ、あくまで「確認事項」に過ぎないとは思うがな。笹川には悪いが、お前が命を落とすようなことがなくて、ほっとしてるよ』


 西条も一清の死が、俺が関わった件の「終着点」ではないかと考えたらしい。ならば、俺の命が危険に晒されるようなことも起きないだろうと。そして俺は電話を終えた後、「この件」をどう松音に伝えるべきか……と考えていた。



 一清に「騙されていた」のは事実だが、自分たちで追い詰めたことが、一清の死に繋がった。松音たちはそう考えるだろう。この件を、出来るだけショックを与えずに伝えるには、やはり電話ではなく「直接会って」の方がいいか……。ようやく松音と会う「理由」が出来たわけだが、出来ればこんな重苦しい理由なしで、会えると良かったがな……。


 松音も、ヤクザものに囲まれて怯えながらも、咄嗟に部屋の中にヒントを残し、俺が「救いに行く」前に自分から逃げ出していたくらい、やはり「肝の据わった女性」であることは間違いないが。それでも一清の件を知れば、少なからずショックを受けるだろう。これが、松音が本当に多重人格の持主で、その時に応じて人格を使い分けることが出来るのなら、受けるショックも多少は減らせるのかもしれないが。人格を使い分けられれば、ヤクザものから逃げ出すのも、もっと簡単だったかもしれないしな……。




 と、そこまで考えて。俺は、くわえていた煙草が口から「ポロリ」と落ちそうになるほど、事務所のイスに座ったまま、しばらく動けなかった。……俺は今、何気なしに、ものすごく「重要なこと」を考えたんじゃないのか。それが不意打ちのように俺の頭を打ちのめし、動けなくなってるんじゃないのか……?



 何気なく考えた、重要なこと。それは……。


 ――松音が本当に、多重人格の持主だとしたら――。



 これまで、なぜそれを考えなかったのだろうと、俺は今更のように愕然としていた。……そうだ。西条から聞いた、一清の死と、若い女性2人の変死体。これが、改めてそれを考える「きっかけ」になったんだ……!



 一度「それ」を思いつくと、これまで見て来た「この案件」の世界が、何か全く違うものに感じられてきた。そこで俺は改めて、ほぼ「決着がついた」と思っていたこの案件を、もう一度最初から考え直すことにした。今まで何気なく見過ごしていた点、違和感を感じながらもそのままにしていた点。それらの点を繋ぎ合わせて、一本の「線」を作り上げる。その線の先に、「真実」が見えて来るはずだ……!



 そして俺は、ひとつの「結論」に達した。これまでは、それぞれが独立した「点」でしかなかったものが、互いに結びつくことによって、確かな「一本の線」となった。その結論から、推察されることは。この案件は、まだ「決着」など付いていない。それどころか……?



 しかし現時点ではまだ、この結論は、俺の「仮説」に過ぎない。複雑極まるパズルを完成させる、「最後のピース」がまだ足りない。それを、完成させるためには……やはり、「直接会って」確かめるしかない。



 俺は深く深呼吸をしてから、事務所の固定電話で、その相手の番号を押した。この案件の「当事者」である、松音の連絡先の番号を。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る