「彼女たち」のその後(2)


「あの、別に、その。桐原さんに、用事があるとかじゃなくて。桐原さんが、松音姉さんのマンションから出て来るのを、見かけたので。なんなのかなあ、これからどこに行くのかなあ、と思って……」



 竹乃は、俺の後をつけてきたことをなんとか誤魔化そうとしていたが、何か言い訳をしようとすればするほど、ドツボにハマっているのは明白だった。


「どこに行くと言われましても、松音さんとの用事が済んだら、事務所に帰るだけですが。私のことより、竹乃さん。あなたがなぜここにいて、私がマンションから出て来るのを見ていたのか。その理由の方が、私には『何なのか』と思えますが……」



 だが、俯いたまましどろもどろになっている竹乃に、ここで詳しい事情を聞き出すことは難しいと思われた。

「このまま立ち話もなんですから。竹乃さんさえ良ければ、これから私の事務所に来ませんか? そこで落ち着いて、ゆっくりお話しさせて頂ければ。私も、竹乃さんにお聞きしたいことがありますので……」


 俺がそう提案しても、竹乃は実に竹乃らしく、「でも、その。そういうつもりじゃなかったし、あの」と、もじもじしたままその場を動こうとしない。俺はここで、梅香が松音のマンションで、扉のところに立ったままどうしたものかとオロオロしている竹乃に「竹乃姉さん、行くよ!」と声をかけていたのを思い出した。あんな風に、半ば強引に「連れて行く」感じの方がいいのかもしれない。



「いつまでも電信柱の陰にいるのもなんですから、これからどこに行くにしても、とりあえずここから移動しましょう。それでいいですね?」

 俺はそう言って、竹乃に背を向けて歩き始めた。元々、竹乃は「俺をつけてきていた」のである。俺が動き出せば、竹乃もついて来るはずだ。思った通り、少し迷ってはいたが、結局竹乃は俺から数メートル間を空けて、ひょこひょこと歩き始めた。この「ひょこひょことした歩き方」は、ほんとに俺の後をついて行っていいのかどうか、迷いながらも一応はついて来ているということの現れか。


 やはり、勝手知ったる「血の繋がった姉妹」でもないと、竹乃の扱いには苦労しそうだな……。ここでまた俺は、松音とこの竹乃、そして梅香という「3股」をかけていた一清という男が、「なんだかんだ、大したもんだ」と思えてきてしまった。



 駐車場に着いてもまだ「どうしたものか」と迷っている様子の竹乃を、なんとかなだめすかして、一緒に車に乗ってもらったはいいものの。助手席に座るのは頑なに拒み、後部座席に座ったと思ったら、運転席にいる俺の「真後ろ」にポジションを取った。しかもルームミラーでもその顔が見えないくらい、座ったまま身を縮こませて。


 ……人と面と向かうのが苦手なのも、ここまでくれば「あっぱれ」だよなと思いつつ、運転中は竹乃と会話するのを諦め、事務所に向かった。事務所のある雑居ビルに着いてからも、お約束のように事務所に入るのを躊躇っている竹乃の背中を実際に押すようにして、どうにか中に入ってもらった。



「何か飲みますか?」とか聞いても、「いえ、あの、その」という返事が返ってくるだけだろうと思い、俺は半ば強引に連れて来たような来客に対して何も出すことなく、そのまま竹乃と話を始めた。


「率直に申し上げますが、いま何が起きているのか、出来れば早いうちに知っておきたいんです。かいつまんで話すというのは苦手かもしれませんが、出来るだけ簡潔にお話下さると助かります。……宜しいでしょうか?」


 はい、あの、ご迷惑ばかりおかけして……と、なかなか話が始まりそうにない竹乃を諫め。俺はまず、竹乃が「なぜ、あそこにいたのか」を尋ねた。



「たまたまあそこに通りがかって、マンションから出て来る私を見つけた……というのは、やはり理由付けとして苦しいように思えます。竹乃さん、あなたも松音さんに会いに、マンションまで来ていたんですね?」


 それでもまだ、事情を話していいものかどうか迷っているような竹乃に、俺は思いきって「率直な意見」を伝えた。


「……竹乃さん。あなたも、松音さんの部屋に行かれたのでしょう? そして、部屋の中に松音さんの姿がなく、キセルが落ちているのを見つけた。私も同じです。あの状況を見た者として、何か出来ることがあれば、早めに手を打った方がいいと思いました。あなたもそう思いませんでしたか? だから、私の後をつけてみようと考えたのではありませんか……?」


 俺の言葉を聞き、竹乃もようやく観念したかのように、マンション近くにいた「真相」を語り始めた。



「桐原さんも、あの、ご存じだと思いますが。今日はまた、一清さんについての話し合いを、みんなでする予定だったんです。梅香は用事があるとかで、夜になってから合流する予定だったんですけども。でも、マンションに着いてインターホンを押しても、返事がないし。携帯も出ないし……入口の暗証番号は聞いていたので、部屋まで行ってみたんですけど。


 そしたらドアが開きっぱなしで、桐原さんが言ったように、松音姉さんはいなくて、キセルだけが落ちていて。何だか怖くなって、マンションから出て、そのまま帰ろうと思ってたんです。そこで、桐原さんから電話が入って……何を言えばいいかわからなくて、出ないままにしちゃったんですけど。でも、もしかしたら桐原さんも、マンションに来たのかもしれないと思って引き返したら、ちょうど桐原さんが出て来るところで……」



「それで、私の後をつけてみたということですね。ありがとうございます、お話はよくわかりました」


 やはり思った通り、竹乃も「松音の不在」を知っていたということだ。「男の後を尾行していく」というのは、竹乃のキャラらしくない行動ではあるが、一清も松音も、「ああ見えて竹乃は、一度思い込んだら周りが見えなくなるようなところがある」と言っていた。訪ねて来た姉がいなくなり、その「思い込みの激しさ」が出てしまったということだろう。



 正直、竹乃がマンション近くにいた理由は察しが付いていたので、改めて聞き出すまでもなかったのだが。こうして喋ることで、少しも「話しやすさ」が生まれることを期待しての質問だった。そして俺は、竹乃に聞きたかった「本筋の話」をすることにした。


「それでは、竹乃さん。今日、松音さんと会って、話す予定だったことについて。その内容を、お教え頂けませんか……?」


 俺の問いかけを受けて、竹乃は明らかに警戒するような態度になっていたが。この「本筋」を最初から切り出していたら、更に警戒心を強め、貝のように口を閉ざしてしまった可能性もある。だが、松音のマンションに行ったことを「打ち明けた」後なら、どっちみち話すしかないと考えるだろうと。


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