「彼」のその後(1)


 その後、俺は松音に促されるままに、一清について自分が知り得えたことを伝えた。松音が自分でも調べていた「危ない橋」に関すること、一清が3姉妹全員と交際している事実を認めたこと……もともと、必要とあらば松音にそれを伝えることがここに来た目的でもあっただけに、まだ動揺が収まりきらない俺に、それを制止することは不可能に近かった。



「そうでしたか……。竹乃に関しては、私に会いに一清さんのお住まいまで来て、一清さんと知り合ったようなんですけどね。私も一清さんとのお付き合いが続くようになって、そちらの家にいることも多くなったので、もし何か用事があったら……とは竹乃に伝えていたんですけど。でも竹乃の性格からして、私に会うのが目的とはいえ、知らない男性の家に1人で行くとは思わなかったんですけどね。ああ見えて竹乃は、一度思い込んだら周りが見えなくなるようなところもあるから、それが出ちゃったのかもしれないですね。


 梅香は、バーで飲んでいる時に一清さんに出会ったみたいですね。ダーツって言うんでしたっけ? ああいうものがある店で楽しんでいる時に、知り合ったとか。だから私も、一清さんが妹2人と面識があることは存じていました。竹乃も梅香も、本来家を継ぐはずの私が都会で1人暮らしをしているのに、自分達が田舎町に閉じ籠っているのは割に合わないと、私の後を追うようにこちらに出て来ていましたからね。当家としても、無理に引き留めるわけにもいかなかったんでしょう。


 私は、母親が亡くなって以降は特に、実家に戻ったらもう2度と出ていくことは出来ないだろうと思えて、戻ることを先に延ばしていたんですけど。妹たちが出て行ったっきりなのも、そんな私の『悪影響』を受けたのだと当家は考えているようなんですね。そういう意味もあって、そろそろ落ち着いて、結婚して家を継げと、『最後通告』をしてきたのではないかと。


 本来であれば、当家が見つけて来た『由緒正しき配偶者候補』と強引に所帯を持たされるようなことも、あり得ないとは言えないですからね。それを、私たちの『自由恋愛』に任せているだけでも、有難いと思えと。当家にしたら、そんな思いで『跡継ぎ条件』を私たちに提示したんでしょうね」


 そういうことか……。俺は松音の話を聞いて、一清は竹乃と梅香に初めて会った時の状況も、巧みに「真実を元に嘘を組み立てて」、俺に語っていたんだなと悟った。



 そして松音は、竹乃と梅香が買い物から戻ってきたら、俺の「報告」も参考にして、早速一清に対抗するための「作戦会議」をしてみるとのことだった。


「宜しければ、勇二さんも『協力者』として参加していかれます?」と松音に聞かれたが、さすがにそれは断った。今はとにかく冷静になって、もう一度この案件についていちから考え直さないと……今の俺には、それが何より優先すべきことだと思えた。



「では、妹たちと話した上で、何か勇二さんにお手伝いして頂きたいことがあったら……また、ご連絡しますね。今度は、私の方から」



 俺は松音にコーヒーのお礼を述べ、少しだけ後ろ髪を引かれつつも、足早にマンションを後にした。とりあえず、事務所に戻って……いや、ここは真っすぐアパードに帰り、冷たいシャワーでも浴びて頭を冷やそう。それから、完全に「ひっくり返ってしまった」この案件について、最初から整理し直そう……。


 マンションで依頼された通り、松音たちに協力するにしても、とにかく細部からもう一度再考することが必要不可欠だと思われた。加えて、サングラスを外した「素顔」の松音に、「勇二さん」と下の名前で呼ばれ、直接手で触れられたことの「魔力」をも、一旦拭い去るべきだと。それは非常に困難な命題にも思えたが、努力だけはしてみるべきだろうなと自嘲気味に考えながら、俺はアパートへと向かった。




 シャワーを浴び、改めて煙草を吸って、気持ちを落ち着けてから。俺は、「今日知らされた真実」について考えてみた。



 俺は松音が、一清が竹乃と梅香にも手を出しているらしいことに気付いていて、俺にその「証拠」を見つけてもらおうと、依頼に来たのだと思っていたが。松音の考えは、更にその先を見据えていた。


 まず一清が、妹2人とも付き合うことによって得られる利益。これは、当家から伝えられた跡継ぎ条件を聞いて、より確率の高い方法を取ったということだ。誰かの配偶者が跡継ぎとなるのなら、自分は全員の「配偶者候補」になればいいと。


 そして、譲渡する交渉が長引いている店舗のこともあり、3姉妹のうち誰かの配偶者となる計画が頓挫してしまった、「最悪の場合」を踏まえて。当家との関係がこじれている松音が、精神状態が不安定であるという情報を、当家に伝えようと考えた……。


 当家の使いが一清に「直接コンタクトしてきた」というのは、恐らく真実なのだろう。それだけ当家は一清のことを、今の松音について「一番良く知る人物」だと思っていたということだ。ならばその自分が、松音は「精神的に危うい」と伝えれば、当家がそれを信用する確率は高い。


 そこでその「ダメ押し」として、探偵にも調べてもらったんですが……という、「調査報告」を加える。俺が松音のことを、多重人格だと認識したという報告書だ。これで、もし万が一、竹乃や梅香との仲が上手く行かなくなったとしても。松音が跡継ぎになるのが難しい状態だと知った当家は、家長である姉妹の父親が高齢なことを鑑みて、竹乃や梅香の結婚を待つよりも、当家と3姉妹の事情にも詳しい「第三者」の一清を、跡継ぎ候補として認識するはずだと。


 それは当家にとっても同じく「最悪の場合」であり、「万が一の可能性」を踏まえての選択ではあるが、わざわざ一清に接触して来たことからしても、当家はそのわずかな可能性も埋めておきたいと考えるだろう。それが、一清が「俺への依頼」をした理由だった。松音が言ったように、俺が独自に当家と連絡を取ろうとしても、「門前払い」になって詳細を確認出来ないだろうことも、考慮した上で。



 この案件に関する「大前提」はひっくり返ったとはいえ、一清が「したたかに、自分の欲望のために行動する男」であることは、やはり間違いない。そして、俺が助けようと思っていた松音は、そんな「ヤワな女」ではなく。逆に妹たちに「真実」を伝えて、一清に対し反撃に出ようとしている……!



 松音たち3姉妹、そして一清と続けて面談した後には、「松音を助けなければ」と思い込み、自分から行動しようと思っていたが。今にして思えば、俺は完全に「巻き込まれた側」だ。その俺がここで勝手に動いたら、更に事態をややこしくしてしまいかねない。今は、松音たちのために何が出来るのか、それを突き詰めるよりも。松音たちが俺にどう動いて欲しいのか、その連絡を待つべきだろう。


 俺はそう考え、松音たちの「作戦会議」の連絡を待つことにした。もちろんすぐに結論が出ない可能性もあるだろうし、何日か待機することになるかもしれない。もし数日待って連絡がないようなら、進行状況を松音に聞いてみようか……。



 その日から俺は、自分なりに様々なケースを想定しながら、松音からの連絡を待った。一清からの「依頼」に関しては、奴自身が「無理難題」だと言っていたように、すぐに終わる内容の調査ではないし、何日かこちらから連絡しなくとも大丈夫だろう。それとは別に、いつもの素行調査などの依頼も何件か来ていたが、この状態ではとても別件には集中出来ないと思い、返答を延ばしてもらっていた。そして、連絡を待ち始めてから数日後。俺の元に、意外な人物からの連絡が入った。



『よう、勇二。ちょっと聞きたいことがあるんだが……』


 俺が一清のことを調べてもらった知り合いの刑事、西条からの電話だった。西条は、俺からの頼みがあると聞くと、嫌な予感しかしないと言っていたが。俺もこの時西条の声を聞いて、同じように何か「嫌な予感」に襲われていた。



『こないだお前が調べて欲しいと言っていた、笹川一清。奴について、何か知らないか? 実はここ数日、行方がわからなくなってるらしいんだ……』



 松音のマンションで聞いた話によって、その大前提がひっくり返ったこの案件は。今また更に、新しい局面を迎えようとしていた。


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