第4話 皆のわがまま
僕達がいざトンネルに入ろうとすると、色々な動物がそれぞれ言いたいことを言いだした。まずアライグマは自分の綺麗好きな性格を皆に知らせたくて、両手を前にさし出して甘ったるい声で言った。
「ねぇ皆さん。私ってぇ、どういう訳かぁ、とっても神経質なせいなのかしら、何でも綺麗に洗わないと気が済まない性格なのね。 ほんと、困っちゃうわ。 そこで、ねっ先生、私のお部屋にはぁ、ぜひ、手や食べ物をきちんと洗える洗い場を備えて欲しいの。ねぇ、だめかしらん。」
老人に向ってちょっぴりお世辞っぽく先生などと言ったアライグマの甘えようは、少々我がままな感じがしないでもなかったけれど、小さな両手でゴシゴシと物を洗う仕草がたまらなく可愛かったので、僕は思わず微笑んでしまった。するとその後にクジャクが大きく羽を拡げ、胸を張ってすごく自慢たっぷりにこう言った。
「おや、そんなことなら僕にだって言わせていただきたいものですな。きっと皆さんに納得していただけると思いますけど。」
「オッホン、どうです、この僕の豪華な衣装。ほら、ほら 見てくださいよ! ねっ、おわかりでしょう?僕はこの衣装を拡げてワルツが踊れる位の、ゆったりした広さの部屋を要求いたします。 それから、そうそう、この美しい羽の色艶をいつでもチェックできる大きな鏡だって欲しいものですな。」
クジャクはそう言いながら、自分の立派な羽にうっとりした顔をして、皆の前でくるりくるりと回って見せた。
「私は自分の部屋がどうのこうのという希望はあまりないのですが、あなたがたのお部屋にはだいぶ気を使って欲しいとお願いするのはいけないことでしょうか」
と、兎が遠慮がちに言ったので、皆はその声の方に注目した。
「一昨日のことでした。私達が今後のことで色々と話し合っていましたら、そこで少しばかり意見の違いがありましてちょっともめたのです。私にしてみればそれは些細なことではないかしら、って思えたのですけど、スカンクさんったら本当に気が短いのですねぇ。本気で怒りだしてしまって、全然他人の意見なんか聞こうとしないのです。」
「それだけならば私達だって我慢もしますけど、ちょっと気に入らないからといって強烈にガスを大爆発させるのですよ。そんなことではとてもたまりませんから、私はぜひ彼のお部屋は臭いが絶対に漏れないように、扉や隣との壁には隙間ができないようにしてもらいたいのです。」
兎がすっかり話し終わらないうちに皆が口々に、早起きの鶏にはもう少しゆっくり起きてくれるよう誓ってくれないかとか、イノシシのがさつな性格を改善すると約束させてくれとか言って、それはもうとてもとても賑やかだった。
皆の意見が一通り終わりかかったと思ったその時、マレーグマが言った。
「僕にはどんな部屋に住むかということよりも、何処に住むかが重要なことなんだ。だってそうだろう。僕はアメリカ熊でもインド熊でもなく、マレー熊なんだよ。僕の名前にはマレー半島のマレーという名がついているのだからね。」
そう言う意見が出ると、すぐさまタスマニアンデビルも強い口調で言った。
「そりゃぁもっとものことだ。俺だってそうさ。タスマニアにしか住んでいないのだから、名前には地名がついているのだし、それに、俺はデビルなんてすごみのある名をつけられて、ちょっと誇りに思っているのだよ。それをもし、こんど住むことになる島がハッピー島なんかだったりしてみなよ、おれの名前がハッピーデビル、なんてことになったら、おい、それは困るぞ。」
「それを言うのなら、わたくしだって困りますわ。あら、わたくしですか? わたくしの名はトキでございます。ご存じありませんの、嫌ですわ。わたくしの名前こそ、誇り高いものだとお思いになりませんこと。 だってわたくしの名前は学術的に申しあげますと『ニッポニアニッポン』というのですからねぇ。」
「これこそ日本を代表すべき良き名ではございませんか。それにわたくし達は今では仲間も少なくなってきてしまって、日本の国では大切に保護されてきていますのよ。ですから、わたくし達は何処の国や何処の島へ移り住もうとも、誰よりも一番大切にしていただかねばなりませんの。」
と、トキは自慢話で気分が高ぶったのか、頬をピンク色にそめて言った。
いやはや、どれだけの期間を過ごすことになるのかは分からないけど、一つの巣に色んな性格の持ち主が住むということが、こんなにも大変だということを、僕はじゅうぶんに思い知らされた。
そんなこんなで、トンネルの前の列はなかなか消えそうになかった。
そんな皆の我がままに近いような要望を、我慢しながらひと通り聞き終えると、老人は杖をズズンと地面に突き刺して皆を睨みつけるようにして言った。その顔や声にはライオンやトラなんかより、ずっとずっと恐そうな強さがあった。
「お前らに言っておく。確かに名前に誇りを持つことはいいことだ。だが今はそんなことを言っておる場合ではない。トキも、いくらお前らが保護鳥だからといって特別扱いされていいとは思うでないぞ。」
「それから、ライオンよ。わしはお前のような猛獣の王であろうと小さな兎であろうと、巣にあってはみな平等であるようにするつもりだぞ。お前はその鋭い牙や爪がなければ、たとえ立派なたてがみを見せつけたって誰も恐れはせんのだ。」
「だからお前のその牙や爪は、巣にいる時だけでも先は丸く削っておいてやる。そうすればお前が何か気にいらんことがあったとしても、むやみに誰かを打ちのめしたり出来ないだろうからな。おおそうだ、おい、ハリネズミ、お前の針だってそうだ同じことだぞ。」
と言うなり、親戚のお姉さんの美しい爪のように、ライオンの爪の先は丸く削られてしまったし、身体を丸めたハリネズミも、まるで角が欠けて滑らかになった金平糖のようになってしまった。ワニだって歯を消しゴムのようなものに変えたうえに、しっぽは振り上げて叩きつけることが出来ないように、全く短くされてしまった。
老人のそれらのものの変えようは徹底していて、力の強いものは身体を小さくされたり、武器となる牙や爪やしっぽなどには威力を無くされ、代わりにアリのような力の小さなものは身体を大きくされたからライオンは巣に着いた時には、アリよりも小さくなっていた。
僕は小さい頃から動物園で一番好きな動物がキリンだったが、そのキリンがこんなに頑固だったのかと始めて知らされた。それはトンネルをくぐる時に分かったのだけど、彼が妙に頭を下げるのを嫌がったからだ。
「何故だ。いくら背が高かろうとも、頭を少し下げればくぐれるではないか。」
と、どんなに老人に言われてもキリンは頭を下げようとしなかった。
今まで高い所から皆を見下ろしていた癖で、頭を下げることがあまりなかったせいだろうか。それにしても強情なことといったら。老人はキリンの身体をうんと小さくすれば済むことだったのだけれど、キリンがどう抵抗してくるのかを見たかったのかも知れない。そしてじっと静かに様子を見守っていた。
するとキリンは最後まで頭を下げないでトンネルを潜ろうとして、自分の頭がトンネルの高さいっぱいの所まで来るまで両足を横一直線に広げて、無理に背を低くしようと頑張った。老人は
「この頑固者めが!頭を下げるのが何故嫌なのだ。」
と、吐き捨てるように言うと、キリンの首をギュッと下に曲げて、そのままずっとその格好でトンネルに押し込んでしまった。
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