第3話 脱出の手段
怒り狂った皆を納得させる手段としてなのだろうか、老人はジローにどこからか巨大なテレビを運んで来させた。それを皆の前にドカンと置き、それからパチンと指をならして合図をすると、先ほどまで腰に巻いていたネクタイをきりりと首に結んで
ちょっと気取ったジローが、皆に勿体ぶったような格好をして一礼すると、自信たっぷりな顔でテレビのスイッチを入れた。
すると、何と言い表わしてよいか分からない程に美しいこの島全体の景色が流れた。が、それはほんの僅かな間のことで、すぐにハチの大群が大画面全体を埋め尽くしてしまった。そのハチ達の様子と言ったらまるでビデオの早送りの何十倍ものスピードと思われるほどの速さで動き回っている。
僕は真っ黒な塊となった生き物の動きを一生懸命に見ようとしたせいか、気分が悪くなって乗り物酔いしてしまったような気がした。老人の説明によれば、これはあの丘に住むハチ達の集団で、皆を運ぶための巣を急ピッチで作り上げてくれた、その映像なのだそうだ。
見事に完成されたこの巣を鳥に運んでもらおうという方法には、皆もしぶしぶ賛成したのだけれど、ハチの巣になんか入れる訳がないだろうと、全員からそりゃぁもう嵐のように文句が出た。
「どうやってぇ~?」
と、皆が一斉に叫ぶと、又あの橋の時と同じように、その何とも言いようのない恐ろしい声がそれぞれ皆の口から塊のようなものとなって吐き出された。そしてそれらの塊がひとりでに一箇所にぎゅーっ、ぎゅーっと集まると、そのまま奇妙な形をしたトンネルが出来上がってしまった。
橋といいトンネルといい、そのようなものが動物や人の声で作ることが出来るなんて、老人はきっと世界に誇るスーパーマジシャンに違いない、と僕は心の底から感心して老人に尊敬の念までおきてしまった。
トンネルは土管のようでもあったし、へんてこなトランペットのようでもあった。何しろ入り口はまあまあ広かったけれど、どんどん先へ行くにしたがって細くなっていて、その一番先端が丘のハチの巣に繋がっていた。老人は皆を列に並ばせて、順番にトンネルを潜らせてハチの巣へ移動させようとしたのだった。
しかし皆は、遥かかなたの巣の様子がテレビで見ただけではよく分からないからと言って、グチグチ文句を言い出した。
あんな小さなハチの巣にどうやって入るのか、これだけ多くの仲間たちが全部入りきれるのか、食べ物なんかはどうするのかなどと言って賑やかだった。老人は冷静に皆の意見に耳を傾けていたが、暫くすると自信たっぷりの顔をして、エヘンと一つ咳払いまでしてこう言った。
「お前たち、トンネルや巣の大きさのことなどには何も心配はいらんぞ。わしのこの杖でお前たちの身体を思い通りにいくらでも変えることが出来るのだからな。それにあのハチの巣はどでかいのだぞ、入る部屋の数は幾らでもある、安心せい。」
部屋は幾らでもあると説明されると、皆はそれだけでもホッと安心したが、そうと決まったとたん、へびは今までニョロニョロとゆっくりくねって進んでいたくせに、一番いい部屋を取ろうと急に走り出して、まるで一本の矢が飛んでいくようにピューッとトンネルに入って行った。
これを見ていたダンゴ虫とカメも、自分たちが歩くより早いからといって、丸めた身体をリスのしっぽで飛ばしてもらい、これもまたゴルフボールのように巣に向ってグーンと飛んで行ってしまった。
早い者勝ちのように先を争って走り出すものが次から次へと現れて、けっこう身の軽いものや小さなものたちがビュンビュン飛ぶようにトンネルの向こうへ消えて行ってしまった。その様子を見て
「何ということだ。厚かましい奴らめ。 猛獣の王である俺様よりも先に行くとは、誠にもってけしからん! あいつらめ、巣に着いたらみていろよ、恐ろしい目にあわせてくれるわ、覚悟しろよ。」
そう言って、ライオンがものすごい声で吠えたので、僕も後に残った皆も震えあがってしまった。それでも気の収まらないライオンが
「おい老人、俺様はこの世の中で一番強いのだ。いいか、絶対にこの俺様が皆と同じという訳にはいかないぞ。ハチの巣か何かは知らんが、俺様に相応しい部屋を用意するのだ、分かったか。」
そう言って、老人に鋭い剣のような牙をむいて見せた。その牙は陽の光を受けてピカッと光ると、恐ろしさが倍にも三倍にもなって皆に伝わった。ライオンが強さを見せつけたものだから、トラは負けずに自分だってもっともっと強いのだと言わんばかりに、草を刈るカマのような爪を突き出しながら老人を睨んで見せた。
すると側にいた猫が鼻をツンと上に向けて
「オッホン、私も身体こそ小さいけれど、こう見えてもこのお方のように強いのですぞ。」
とトラの真似をして、斜め前にいたネズミの親子連れを睨んで見せたのだった。その猫のちょっと鼻もちならない態度に、老人が怒りに燃えた顔で何か言おうとした時、それより先にキツネが目を吊り上げて、金切り声を張り上げて言った。
「だからあなたはダメなんだわ。そりゃぁ、あなたは見たところあのトラの旦那にそっくりかも知れませんよ。でもその態度は『トラの衣を借るバカな人間』のようで、全く情けないったらありゃぁしない、っていうことですわ。それが少しもお分かりになりませんの?」
僕はキツネの言ったこの言葉がちょっとおかしいぞということに気がついたけど、先にタヌキがその間違いを指摘してくれた。
「トラのいをかる人間だって?『い』っていったい何のことだい?」
タヌキがばかにしたように言ったにもかかわらず、キツネにはそれが分からなかったとみえて、ますます得意気に続けた。
「あら、『い』っていったら衣装の衣に決まっているじゃぁございません? ほら、沢山の人間達を見てごらんなさいな。自分達は全く弱いってことを知っているからどの人達もみんな、トラやヒョウの模様の服を着て、さも強そうに見せてえばっているじゃぁありませんか。」
キツネの言葉をばかばかしいと思いながら、タヌキはキツネから猫に視線をかえて 「君は茶色のその毛の様子から、人間にトラちゃんって呼ばれて飼われていたから、トラのような気分でいるかも知れないけど、もしかしたら君よりも野ネズミ君の方がうんと強いっていうことも、あるかも知れないねぇ。近頃の飼い猫諸君たちには狩りというスポーツにあまり人気がなくなってるというじゃぁないのかね。」
とニヤリと笑って言った。
するとキツネはますます目を吊り上げて、
「うわべだけの強さなんて、フン、なんの役にも立たないってことですわ。」
と鼻で笑った。僕は間違いに気付かず偉そうにお説教をするキツネがおかしくて仕方なかったけど、人間でも動物でも威張ることはいけないという、キツネの意見には大いに賛成できた。
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