第2話

 渡り廊下を渡り終え、理科室が見えてきた。と、そこで私は歩くペースを今度こそ落とした。ここまで来たらチャイムが鳴っても充分間に合う距離だと思ったからだ。それに、クラスメイトがまだ理科室へに入らないで入り口付近にいるのも見える。


「さ、消えた筆箱の謎、解決しなきゃね」


 知幸君がそういうけれど、もう付き合わなくてもいいかなって正直思っていた。シャープペンと消しゴムくらい、同じ班の子に借りればいいだけのことだもん。そう思っていたんだけど。知幸君は頭がおかしくなったのか、理科室に入るなり、大きな声でみんなに言った。


「大変だ! 武仲さんの筆箱がなくなってしまった! さっきまではあったのに!」


「ちょっ、やめてよ」


 思わず知幸君の背中を引っ張って、止めに入ったけれど、理科室へにいるみんなが、「それは大変!」「事件じゃん」「誰かに盗まれたのか?」「推理するぞ!」などと意味不明な言葉を話し始めた。


「えっ……と? そんな、大袈裟な……」


 私がそう呟く声はクラスメイトの声でかき消され、それぞれがそれぞれの推理を始めている。そして私の周りに集まってきて質問の雨を降らす。


「ねぇ、いつまで筆箱はあったの?」


「最後に確認したのは?」


「中身は?」


「引き出しには入ってなかった?」


 なんなんだろう。この状態は? そう思っていたらチャイムがなった。私は日直だったことを思い出した。吉永先生が戻ってくるまでは静かにさせておかなくてはいけない。


「ごめん、ちょっと、みんな、静かに席についてください!」


 そう言ってみたけれど、一応席についたっぽいみんなは静かになるどころか、さらに推理合戦を始めている。


「私が武仲さんの筆箱を最後に見たのは、一時間目の終わりのチャイムがなった時なんだよね。ほら、武仲さんの筆箱大きいから、後ろの席の私からはよく見えるっていうか」


 隣の班の、後ろの席の川口さんが楽しそうに言った。それを聞いて同じ班で隣の席の山岡君も、「俺は理科室に移動する時に、見た」と言った。


「もう、なくなってもいいから。そのうち出てくるし」


 私はそう言ってみたけれど、クラスのみんなはとりあえずは席について、それぞれのテーブルで話をしているようだった。その時である。


「あっ! これは!」


 ものすごくわざとらしい声で、知幸君が声をあげた。手には何かを持っているようだ。


「こんなところに、これは、もしや挑戦状!?」


 「うそ、マジどれどれ?」と何人かの男子と女子が知幸君の周りに集まったけれど、私はそばには行かなかった。これはきっと私をおちょくってるんだと私は思った。でも、同じ班で理科室でも同じテーブルの山岡君が知幸君のテーブルまで走って行って、その知幸君が持っていた紙を手にして私のところまで戻ってきた。


「ほら、みてよこれ。武仲さんの筆箱はいただいた。返して欲しければ、この謎を解け、だって!」


「アホらし」


 私はそう言って、もうどうにでもしてくれと思った。筆箱がないのは困るけれど、シャープペンと消しゴムを借りればいいだけのこと。そんな大した話じゃない。それにしても、これはなんなんだろうか。新手のいじめか何かか?と私は思いながら、教科書に目を落とした。


「ねね、これさ、解決しないと筆箱戻ってこないって。きっと一生!」


 同じ班の山岡君が私の隣に座り直して大袈裟にそう言ってきたけれど、私はそれも相手にしないつもりでいた。


――でも。


 いたはずなんだけど。少しだけ気になって、その知幸君が挑戦状だと言った紙を見た。チラッと、チラッと横目で。


「え!?」


 なんと紙には、本当に暗号文のようなものが書かれていた。そしてそのまま、チラッとどころか、私はその暗号文をしばらく見つめてしまった。


 不覚。


――解きたい。


 暗号文を解きたい欲求がむくむく湧いてくるのがわかる。実は、私は謎解き脱出ゲームが大好きなのだ。でも多分それを知っているのは、一緒に遊園地で謎解き脱出ゲームに参加したことのある仲の良い友達だけのはず。このクラスにいるのは、その友達の中でも、優子。他のメンバーは違うクラスだ。


――これは優子が仕掛けたことなのか? クラスのみんなを巻き込んでの謎解きゲームを?って、そりゃないか。


 優子は大人しいタイプだし、知幸君たちのおふざけに付き合うような子ではない。では誰がこんな真似を?


――誰が仕掛けたにせよ、この暗号文、気になる……。


 解きたい欲求が溢れ出てくる。すぐに解けそうな気がする。時計を見ると授業の始まりを告げるチャイムが鳴ってからまだ三分程度しか経ってなかった。吉永先生はまだ来ないだろうか。職員室までは普通に歩いて五分。往復十分、用事を済ませて戻ってくるとなると、そろそろ戻ってくる頃じゃないか。


「解かないと、筆箱、返って来ないみたいだよ?」


 隣のテーブルから川口さんが声をかけてきた。川口さんとはそこそこ仲がいい。同じバスケ部だからだ。なんだか嬉しそうな川口さんを見ていると、これは私が解いてしまわねばならない空気感だと察した。他のクラスメイトたちもなんとなくこちらのテーブルを気にしているようだ。


「しょうがないなぁ」


 私はそう呟いて、暗号文を解くことにした。誰かの手作りだとバリバリわかるノートを破った四角い紙に、なんだかおかしな言葉の羅列がしてある。


【リスポーン1ネカマ2瞬殺1釣りポイント1サウンドノベル5リセット3湧く2エンディング1ノーマネー1爆死3チーター3ヲmiロ】


――これは一体何用語なのだ?! でも何用語だったとしても問題ない。こんなのは多分こうすれば!


 私はそう心の中でひとりごちて、自分のノートの一番最後のページに書き写してみることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る