消えた筆箱と挑戦状

和響

第1話

「これで全ての謎は解決した!」


「は?」


「今から事件が起こる。それを今、僕は解決したんだよ」


「意味がわからない」


「ふっ、それもそのはずさ。僕は十五分後からきたんだから」


 同じクラスの知幸ともゆき君が、私の筆箱を勢いよく天井に向けて掲げながら、いきなり意味不明なことを言い出した。一時間目と二時間目の間の休み時間。急いで私のもとに走ってきたかと思えば、一体何を言っているんだ? こいつ?


「意味がわかるように説明してくれなきゃわかんないよ」


 私はそう言って、理科室への移動の準備を始めた。理科室へは階段を降りて渡り廊下を進まなきゃいけない。だからそんなことに構ってる時間は、ない。隣の席の山岡君も、後ろ席の川口さんもみんな移動をしはじめている。


 でも、知幸君は「まぁまぁ、みててごらんよ」と言って、私の理科の教科書やらノートやらを私の手から抜き取って、自分の物と重ねて持った。


「これは大変な事件だったんだ。でも、最後の謎はとけた」


「うんと、まず、その最後の謎の前に、何が謎かもわかんないんだけど?」


 私はしょうがないから知幸君について教室を出た。本当は男子と二人なんて嫌だけど、今日は日直が一緒だし、まぁ、そこは良しとした。


 知幸君は野球部らしい日に焼けた顔で、階段までの廊下を私の方を向きながら後ろ歩きをしている。


「危ないよ?」


「大丈夫だって。だって僕は十五分後の未来から来たんだから。後ろ歩きくらい平気さ。って……おっとっ!」


 知幸君が転んだ。馬鹿なのかもしれない。その横をクラスメイトが笑いながら通り過ぎて行く。


「もう、ほら、転んだじゃん」


「これも予測済みってことさ。転ぶ運命だったんだよ」


 階段を降りてる最中じゃなくて良かったと思った。もしも階段を降りている最中にこんな転んだら、死んでいたかもしれない。よくテレビで見るタイプの殺すつもりはなかったけど、死んじゃったドラマみたいに。


「もう、早く行かなきゃ間に合わなくなるって。日直なんだし」


 そう言って、私は散らばった教科書を拾い集めた。科学の教科書を、二冊、理科の大学ノートを二冊。でもって、筆箱っと。


「ん?」


「おっ! 何かありましたか?」


「えっと、私の筆箱が、ないよね?」


「誰かに盗まれたんだ!」


「なわけっ! 忘れたんだよ。ちょっと教室に戻ってみる」


 私は急いで教室まで走って戻った。だがしかし机の上にも、引き出しの中にも、カバンの中にも、筆箱がない。


「うそでしょ?」


「事件だね」


 知幸君も教室に戻ってきて、入り口のドアから教室を覗き込み、そう言った。教室の中にはまだ数人クラスメイトがいるけれど、みんなゾロゾロと移動し始めている。


「どうしよう……」


「大丈夫! だって解決したんだから」


「もう、言ってる意味がわかんないってば!」


 筆箱がないなんてあり得ない。確かにさっき準備をしてたはずなのに。


「って、私の教科書とか持った時に筆箱も持って行かなかった? だって最初私の席に来た時、筆箱触ったよね。ほら、こうやって手を上に突き上げて」


「でも、今は持ってないよ。ほら、よく見て」


 私は知幸君の体の周りをぐるっと確認した。体操服は半袖だから隠していたらすぐわかるはず。文房具を集めるのが好きな私の筆箱はまあまあ大きいから。じゃあ、半ズボンの方かな? と見てみたけれど、半ズボンにも私の筆箱が入ってるような気配は、ない。


「ないよね、ないよねぇ、どう見ても知幸君持ってないよね!?」


「ないよ。ほら、大変な事件が起こり始めた」


「ふざけてないで探してよ!」


「誰かに借りたらいいんじゃない? シャープペンと消しゴムくらい」


「あぁ、もう! 時間があと五分しかないしっ!」


 しょうがないから理科室へ移動することにした。今日は私の夏休み前最後の日直だし、遅れるわけにはいかない。知幸君から自分の教科書とノートを奪い取って、私は先を急いだ。階段を降りて、渡り廊下に向かう。校舎の三階の端っこにある私のクラスから、二階に降りて渡り廊下を進んだ先の理科室へ行くのは結構遠いのだ。


「ねぇ、筆箱を盗んだのは誰だ!? って事件が起きちゃったね」


「は? もう、いいから」


「ね、僕が言った通りほんとに事件が起きたでしょ?」


「もう意味がわからないから」


「でも大丈夫、十五分後の僕は解決したから心配いらないよ」


「はいはい」


 知幸君はお調子者でクラスでも人気者かもしれないけれど、私は正直言ってめんどくさかった。こいつ、多分馬鹿なんだ。何が十五分後に解決しただよ。


 渡り廊下を急ぎ足で渡ろうとしていると、理科の吉永先生がこっちに歩いてくるのが見えた。


「お、武仲、急がないと間に合わないぞ」


「はぁい!急いでます!」


「ちょっと職員室に呼ばれたから、お前、日直だろ? 静かにして待つようにって言っといてくれ」


 理科の吉永先生はそう言って、大きな体を揺らしながら急ぎ足で職員室へと向かって行った。吉永先生は担任でもあるから、私が日直だってことを知っている。


「これで、ゆっくり歩いてもよくなったね」


 知幸君がそう言って私の隣にやってきた。一緒に並んで歩くとか、ちょっとやめてほしい私は、また少しだけスピードをアップした。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る