第5話 心優しき王
その記憶はアロガンが王子として国で生きていた幼少期のもの。
幼少期のアロガンは当時六歳で、国の政治も外側の脅威も何も知らない御坊ちゃまだった。強いて言うなら当時の父である国王の話は子供にも分かりやすいような自慢が混ざった話と、国外に関しては絵本でしかそれらを知らなかった。
またアロガンは六歳という齢で、既に剣術、武術は勿論、頭も良く天才だと謳われ、多くの国民に愛され、そして愛でられていた。
この時はまだ傲慢でも強欲でもなく、六歳にしては妥当な態度と性格を持っていた。
しかし、それが変わってしまったのは一年後の七歳の時だった。
国王が他国で不祥事を起こし、最初はほんとに小さな出来事であったが、国王の対応はあまりに酷く、それに怒った他国は最終的に戦争を起こすまでに至ってしまった。
他国との経済的な問題ではなく、ただ単純な私情の、あまりにも下らない戦争。
これによって、アロガンを愛でていた国民や王の部下や臣下までもが次々と徴兵され、二度と戻らなくなっていった。
アロガンは徴兵で知り合いがいなくなっても、すぐに新しい付き添い人が現れ、世話をされていたが、その人もまた居なくなり、何度も孤独を繰り返していた。
他国との戦争の戦況は何故かどんどんと劣勢になってゆき、国王は頭を悩ませていた。
そんな自分勝手で哀れな王を見てアロガンは言った。
『父上は何故いつまでも指を咥えて座っているのだ。父上も何故戦場に赴かない? 貴方が動きさえすれば、兵士の士気も上がるだろう。それでも本当に国王なのか?』
戦争の厳しさも、何故戦争になったのかも、どうして次々と人が消えていくのかも、殆ど知らないアロガンから出た言葉は、周囲の疲れ切った兵士を奮い立たせながら、逆に国王の逆鱗に触れた。
当時の国王もまた、一人で戦力は一般兵士数万も薙げられる程で、だからこそ何故国王自身が動かないのかアロガンは疑問を浮かべていた。
『子供は黙っていなさい! 執事! アロガンを今すぐ部屋に戻しなさい!』
幼少期から武術も剣術も勉強も全て父から教わり、散々絵本でも読み聞かせてくれて、アロガンは少しでも知った気になり父に意見したが、その時が初めて父に突き放される瞬間だった。
執事に後ろから肩を掴まれ、優しげな声で行きましょうと言われ、半ば腕を引っ張られながら自室に戻されそうなる中、アロガンは遂にプツリと何かが切れた。
『お前なんて王をやめてしまえ!! お前のせいで多くの人が死に、多くの命が消えていった! 何が戦争だぁぁ!! この自分勝手なクソジジイがぁ!』
これがアロガンの幼少期。当時六歳から七歳の頃の記憶である。
アロガンの発言を聞いて痺れを切らした国王は兵士に命令してアロガンの即刻処刑を命じた。
兵士に関してもアロガンの発言は国王を侮辱することばかりで、我慢しきれていなかったので、一思いに剣をアロガンに向けて振り下ろす瞬間、アロガンの体が突如光りだし『王の記憶』が発動した。
現在では一般兵士にも見たないステータスというもので身体能力が制限されていたアロガンは、剣術、武術、勉学にも類稀の才能を発揮していた王子の記憶によって昇華される。
体格には変化は無いものの、元のステータスからは確かに変化していた。
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名前:アロガン・グリード
Lv:1→25
攻撃力:8→30
防御力:7→24
魔法力:9→45
敏捷力:8→32
スキル:王の記憶[Lv1]
派生スキル:王子の威厳
国王の息子という立場が力を持ち、国王の代わりは務まらなくとも、民の声は真摯に聞いていた王子は、国王の間違いを訂正する権力を持っていた。
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「あぁ、この感覚。なんて懐かしいのだ。
父王からあらゆる術を教わり、生まれつきの才能によって成長期だった頃の感覚。
生涯を終える直前の記憶よりは弱いから少し違和感があるが……ここの兵士共を掌握するには申し分ない……」
突然全身が光るアロガンに兵士を目を焼き、のたうち回っている所に、次の兵士が襲い掛かるが、アロガンはすぐに片手を伸ばし叫んだ。
「兵士達よ! 武器下ろし我が声を聞け! 我が名はアロガン・グリードなりて、遠国の王である。
我は今時、外の民の声を聞き転移の儀式に紛れ込むに成功した。
ただ民の声など根も歯もない噂であり、信憑性に欠けるが……まさか噂通りとはな。
いつしか貴様と交易を結ぼうかと考えていたが、気が変わったわ」
アロガンは声を張り上げながら咄嗟に話を作る。
自身が遠国の王である名乗りあげれば、例え隠れて潜入していたとしても、下手に手出しは出来ないと考えた。
更にそれ以前に、まだ関係すら結んでいない他国への単独侵入など、敵国へ一人でたち入っているも同然。
しかしそれは、アロガンの玉座で指を咥えているだけの塵という発言がそのまま現在いる国王への反証となるだろうと考えていた。
「良く聞け兵士達よ! この国王は心優しき王などではない!
この者は、優しき声で民を誑かし戦場へ送り、自分一人は安全な場所で兵士達を見殺す。愚劣な詐欺師よ!
国民は愚か、外の民にすらこう思われているのだ。民にすら信頼されない王など、本当に信用に足りるだろうか?
猜疑心まみれの王など、本当の王なのだろうか?
兵士達よ! この我が話を信じるなら、子供を私情で殺そうとした王を殺せ」
アロガンの今の今まで言った言葉は全て作り話。確かな証拠など何処にもなく、いつの間にか紛れ込んでいた見も知らぬ遠国の王が、外の噂を信じてわざわざはるばる来て、仮初の王の立場を使って、国王を摘発しようしているのである。
それは完全なる事実無根であり、普通に考えれば無理な話である。
しかし、国王が自称していた通りに心優しき王に、まさか騙されていたのではと考える兵士は少なからずその場にいた。
今まで一切の疑惑を持たずに仕え、今まで民の声を聞いていたとしても、それは嘘だったのではと考える者もいた。
アロガンの言葉は兵士の怒りを、国王を疑う疑心へと変えた。
もしこのデクトス王国が、王も兵士も民もしっかり立場と役割をはっきりとさせていれば、アロガンの言葉に騙される確率は下がっていただろう。
だが彼らは心優しき王。それだけで完全に信じきっていた。
「そんな。国王は我々を守ってくれるんじゃなかったのか?」
「確かに……言われてみれば俺たちは国王が自分から動いたところを見たことがない……」
「国王……貴方は本当に優しい王なのか? いや、優しいだけ……?」
そう次々へと国王へ疑いを持ち始める兵士達にアロガンは止めと言わんばかりの発言をする。
「王とは! 優しいだけでは務まらんぞ! 一国を収める者の責任の重さは、こんなに軽いものではない!!
我は今すぐにでも心を改めてもらいたい所だが……お主とは何一つ無関係の我にはどうでも良いことよな?
どうせ今反省した国王と関係を結んでも気分が悪いだけだわ。
ならば、目の前で見殺しの王を見殺しても何も感じんよな」
アロガンはこれで終わりだと。冷たい目で国王を突き放せば、国王は慌てていう。
「貴様……何をでたらめを。アロガン・グリードなどという名の王など聞いたことが無いわ。それに貴様のような子供が国王な訳が無いだろう。
兵士達よ! 騙されるな! この子供のいうことは全て作り話だ! 信じるな! 今すぐ殺せ!」
だがしかしその慌て方は、疑心を持つ兵士には逆効果だった。
国王の冷静な発言によって確かにそうだと納得する兵士はいたが、作り話だとわかっているのなら、なぜそこまで怒る必要があるのか。
何故そこまで子供を執拗に殺そうとするのか。今までは笑って済ましていたのに、心優しき王はどこへ行ってしまったのか。
と、兵士の多くは国王を憐れみの目で見ていた。
そう言えば、国王の臣下の一人が王の前へ出て発言する。
「見苦しいですぞデクトス王! 確かに私もあの子供の言うことは信じられませぬ。
しかし、作り話だと分かっていようなら最早相手にする必要は無し。
何故あの子供を殺す必要があるのですか?
心優しき王はどこへ行かれてしまわれたのですか!?」
と、臣下はこの場にいる兵士の思っていることを全て代弁する。
「五月蝿い黙れ!! お前たちは王の怒りさえも分からないというのか! いいからあの子供を処刑しろと言っているだろう!」
だが国王は収まるどころか、臣下の発言に更に怒りを露わにした。
その姿は兵士も臣下も思っている通り、心優しき王というものは一切存在せず、単なる王となっていた。
「あぁ、なんと言うことか……。それが王の本性なのですね。我々は本当に騙されていたのか。心優しき王に」
「お前まで私を疑うのか……人に怒って何が悪いのだ。子供の戯言には必ず笑って誤魔化さなくてはならないのか……?
自分を侮辱されても、笑って過ごさなければならないのか……?
この国には反逆罪というものは存在しないのか?」
「国王、そういう話ではありませぬ……。心優しき王と称して、貴方がもっとまともな王であったならその言い分は通ったでしょう。
しかしデクトス王……貴方がここまで狼狽し、激昂したのは。今回が初なのです。
どんなことにも笑って済ませる貴方の姿に最初は戸惑いを感じでいましたが、何故今になって本性を剥き出したのですか?」
「本性とはなんだ……? お前は私の性格を否定するのか? まさか今の今まで怒ったことがないと言うだけで勝手騙されたと申すか?」
「国民とはそういうものです……。しかも国王に対する感情は、その権力があるからこそたった一つのズレさえも見逃さない。
貴方はそれらが全て国民の勝手だと思うでしょう。
しかし、国民の勝手ならそれを放置するのは如何なものでしょう。それでも何も思わないのなら、貴方には王は向いていない……」
臣下は国王に向かって最後の憐れみをもってため息を吐きながら、王に辞任することを申し出る。
そうすれば、その発言は国王にとっても最後だった。
「そうか……王失格というやつか……。良いだろう。王が動けば良いのだろう? 玉座から一度も立ち上がらずに、安全な場所で身を隠す私が気に入らないんだろう?
ならば私は今動いてやろう。そう、いくらでもな?」
そういうと国王は玉座から立ち上がると、臣下の元に歩きながら、腰から儀式用の剣を引き抜く。
そして剣の柄を、剣が水平になるように持ち、臣下の腹を静かに突き刺した。
その光景にアロガンは目を見開く。
まさか開き直った上に部下を自ら殺すとはと。予想外の展開にアロガンは片手を静かに上げる。
攻撃の命令を出す際のポーズである。
「全く呆れたわ……ならば私はどうしたら良いというのだ?
王を辞めて何処へ行けば良い? 私は諦めて兵士に殺されれば良いのか?
冷たいのぉ……。おぉ、冷たい。王の責任だと? それは私の命より重いのか? は、はっはっはっ……はぁ……。
もういいわ。ここにいる奴ら……全員処刑だぁ!!」
その最後だと思われる国王の発言に被せるようにアロガンは声を精一杯に張り上げて手を振り下ろす。
「こいつはもう国王ではない! 殺せえぇ!」
「く……うおおおぉ!」
アロガンが攻撃の命令を出せば、周囲にいた兵士の剣や槍に切り裂かれ、串刺しにされるのは、一瞬の出来事であった。
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