中編「それじゃだめ!」
「皆、すまない...」
試合場の端でファロバは団員に向けて深く頭を下げ謝罪した。
「いえ、私達が団長に頼りすぎになっていました。これは私達の怠惰に他ありません。まだ1戦あります。どうか気に病まないでください」
皆の気持ちを代表して副団長が返す。
(私は団長として情けないな、皆に応えられていない)
試合の合間の小休止、ファロバは団員から少し離れたところで頭を抱えていた。彼女はひどく落ち込んでおり、小さな声で唸っていた。そうしていると心配した副団長がそばに来て、
「大丈夫ですか?」
ファロバは少し躊躇いながら口を開く。
「詳しくは言えないんだが、うまく制御できない感情があってどうしたらいいのか分からなくてな、すまない。試合に関係ないはずなのに」
「意外です、団長にしては珍しいですね。うまく制御できないのであれば、下手に制御しようとするより一度受け入れてしまうのも手だと思います」
優しい笑顔と共に副団長は答えた。
「ありがとう副団長。参考になる」
「よかったです。では後ほど、失礼します」
ファロバは胸に手を当て考えてみた。彼女は自身の感情が何なのか、どう言葉で表せばいいのか知っていた、知識としては。しかし、この感情を抱くのは彼女にとって初めてのことであり、どう扱えばいいのかわからなかった。考えていると不本意に頭によぎるあの男の顔。自分でも心拍数が上がるのがわかる。
(受け入れるか…)
騎士の道だけを考えて生きてきた彼女にとってそれは受け入れがたいものだった。加えて彼女の心の引っ掛かりの原因がもう一つ。
「あんな事言わなきゃよかったな」
試合前、二つの騎士団は向かい合い宣誓を行った。その時彼女は、
「ドラゴン騎士団のその紋章がただのひ弱なトカゲであることを証明できるのを楽しみにしている!」
と相手を罵倒していたのだった。
(仕方ないじゃない!毎年の習わしなんだし!私悪くない!)
試合前の互いの罵倒は両国の仲の悪さを顕著に表した恒例行事であった。彼女もその時は特に心は動いていなかった。が、試合をしている内に心惹かれってしまっていたのだ。もしかして嫌われてしまったのではないかとファロバは不安だった。
とはいえ、二つの国の仲が悪いためいつもと同じであれば、試合後、特に話す事はなく終わり次第、騎士達は帰ってしまう。また、今現在両国の行き来は自由にできない。ましてや名の知れた騎士団の団長など相手の国に個人的に行けるはずがない。つまり試合が終われば次の試合まで会える可能性は低かった。
「それじゃだめ!」
何も伝えられずに終わってしまってしまうのは嫌だった。加えて、このまま胸にくすぶりを残していては次の一戦で足元をすくわれるのは目に見めていた。そこで彼女が出した答えは、
「試合ににも勝って!思いも伝える!」
ファロバは拳を握りしめ決意の表情と共に立ち上がった。
試合前の作戦会議。円をつくって話し合う。
今回の作戦として皆は前の一戦のようなるのを避けるためファロバをカバーする事を提案したが、2人だけになりたかったファロバは作戦は同じでいきたかった。とはいえ、自分のことだけを考えているのではなく敵の団長以外の団員の総合力ならばこちらの方が勝っていると彼女は分析し、そのため敵団長であるイーサンを彼女自身が抑えることができれば勝てると考えていた。
その発言を聞いた皆は困惑したが、ファロバの表情を見た副団長が、皆と話し、納得させてくれた。
そして、そばに寄ってきて
「決意に満ちた表情です。心は決まったのですね」
「ああ!」
ファロバはこれまでの人生で最も困難な戦いをする。思いを伝えなお勝つという戦いを。
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