騎士は戦いの中で恋を知る

イシナギ_コウ

前編「今日の私は一体どうしたというのだ…」

 今、一人の女騎士が窮地に立たされていた。彼女にとって人生最大の危機と言っていい。


「今日の私は一体どうしたというのだ…」


 女騎士、ファロバは呟く。彼女は小さなテントの真ん中の椅子に腰かけながら先程から同じことを繰り返し呟いていた。


「ファロバ騎士団長、もう間も無くです」


 テントの外から呼びかける声。


「ああ、わかった」


 テントから出ると一人の女性が立っていた。


「ありがとう、副団長」


 ファロバがそう言うと、副団長と呼ばれた女性は軽く会釈をし、ファロバを伴い歩き始めた。

 歩みの先には背中に羽を生やした馬の紋章が描かれた大きなテントがあり、二人はその中に入っていく。テントの中には筋骨隆々の屈強な騎士達が整列し、手は敬礼のかたちをつくっていた。

 それに応えるようにファロバも敬礼し、


「皆、ここまでよく頑張ってくれた。3戦を経て我々は2勝1敗で勝ち越している。残り2戦、スター王国代表として我らペガサス騎士団、絶対勝つぞ!」


 ファロバの声を張り上げた激励に、騎士達は雄叫びを上げる。昂った気持ちのまま、ファロバの後に続いて団員が次々に外へ出ていく。

 その彼らを大きな声の嵐が包み込む。

 ここは闘技場であった。彼らを囲むように円状に、そして段々となった席に観客達がいた。

 そして、ペガサス騎士団の眼前には白線で四角に囲まれた空間があった。その先にはまた別の騎士団が彼らのいる西側と対を成すように東側に立っていた。彼らはステラ王国、ドラゴン騎士団。

 観客は大きな声で彼らに言葉を飛ばす。西は東の騎士団を、東は西の騎士団を煽り罵倒する声が多かった。

 この試合は新しい戦争のかたちであった。スター王国とステラ王国、この2国はかつて戦争していた。それは拮抗し長引き、双方の被害も甚大なものになっていった。双方の王はこの戦いに終止符を打つために和平を結んだ。平和が訪れたが、その後も対立する事が多々あり、下手すれば大きな争いに発展する可能性があった。そこで国家間の大きな対立に対しては、代表者同士で試合を行い、その勝敗によって問題を解決する方法をとった。そのおかげで両国は対立する事がありながらもこの2国間で、戦争が起きる事はなかったのである。

 そして、その代表戦の4戦目がもうまもなく始まる。2つの騎士団は試合場の白線に横一列に並び、相手を威嚇するように睨みあっていた。

 その中でファロバは相手のドラゴン騎士団の列を端から見ていく。しかし、その途中で思わず俯き、自身の頬に手を当てた。


「何をやってるんだ私は…」


 そんな彼女をよそに開始の合図のラッパが闘技場内に響き渡り、両騎士団は一斉に駆け出した。

 この試合のルールは実にシンプル、相手を全滅させれば勝ち。とはいえ殺し合いではない、当然ながら実剣は使わない。代わりに皆、手には筒を持っていた。


「覚悟!」


 ファロバの方へドラゴン騎士団員が2人突っ込んでくる。ファロバが手の筒に力を込めると、筒から光の剣が現れた。彼女はその剣を手前に引きながら構え、敵の攻撃を最小限の足さばきで躱しつつ、流れるような動きで突撃してきた敵の内一人の胴体に刃を当てる。これが実剣なら鎧をへこませ本体にダメージを与えるが、光の剣は鎧にめり込む事はなく、胴体を透過した。その直後切られた敵はまるで人形のように体を硬直させ地面へ倒れた。


「次!」


 残りのもう1人にも一撃を加え行動不能にした時、ファロバは気づいた。


「分断された!」


 2人を相手にしている間に彼女の後続が抑えられ孤立してしまっていた。


「…!!」


 味方と合流しようと駆け出すがすぐに立ち止まり、ゆっくりと光の剣を両手で構えた。正面から誰かがファロバに向かって歩いてくる。凄まじい圧力だ。


「ドラゴン騎士団団長、イーサン!!」


 先の2勝は、ファロバによる大量撃破によってペガサス騎士団が勝ちを得ていた。それに対する対策であろう、この一戦では敵の団長が直接ファロバを止めに来たのだ。


「実に有効な作戦だ!色々な意味でな!」


 心なしかファロバの口角が上がっていた。強敵に対峙した時の高揚感からか、あるいは――


 2人の間で剣が何度も交わり、小さな光が四散する。実力はほぼ互角。視線が交差する。


(なんという太刀筋!さすが国の代表に選ばれる騎士団の団長だ!)


 イーサンは初めてこの試合に参加し、今回の試合でもファロバとサシで戦うのは初めてだった。サシでより感じるファロバの凄まじい強さ、この興奮はこれまで出会った強敵とは比較にならなかった。対するファロバというと、


(実に丹精な顔立ちだ。動きも素晴らしい…カッコいい…って何を考えてるんだ私は!)


 ファロバはそんな事を考えていた。自身の心の声に突然出てきた"かっこいい"という言葉に動揺してしまい動きに曇りが出てしまう。


「今だ!」


 国の代表に選ぼれた騎士団の団長ほどの実力者がそれを見過ごすはずがなく、イーサンの鋭い一撃がファロバの右手を捉えた。

 

(くっ!動かない!)


 この試合で騎士全員が身につけている鎧は光の剣を受けるとその部位の自由が利かなくなるという特殊なものであった。また、部位によって攻撃を受けた時の装着者への影響に差があった。特に急所であれば一撃で全身が硬直し身動きが取れなくなってしまう。


 今回の場合はファロバの右手はもろに受けてしまった為、手首や指の関節がロックされ武器を握れなくなってしまった。

 一撃を加える事ができたイーサンは汗を垂らしながら小さく笑う。


「…くぅ!!」


 それを見た突然の胸の変な高鳴りにファロバは狼狽し、唇を噛みしめる。そんな時ふと頭にとある二文字が浮かびあがる。


(違う!違う!そんな!そんなはずは!)


 その二文字を目を潤ませながら振り払い、


「私はスター王国、ペガサス騎士団団長!ファロバだ!」


 そう叫び力いっぱい振り下ろす。大きな土煙が立つほどの剣撃。しかし勢い任せのその一撃はあっさりと避けられ胸に一撃。ファロバは全身が硬直しそのまま地面に倒れてしまった。


「ま、負けた…」


 自分がやられてようやく落ち着きを取り戻したファロバは、


(何をしてるんだ私は!勢いで不用意に踏み込んでしまった。そんなもので倒せる相手では無いと分かっていたはずなのに…)


 自責の念に苛まれ深くため息をついた。


 試合はその後ノーダメのイーサンを筆頭に、団長であるファロバを倒したことにより勢いづいたドラゴン騎士団によってファロバの騎士団は押され始め、最終的にこの一戦は敗北してしまった。















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