最後の予言

 しらしらと、灰が降っている。

 しらしら。ぬかるんだ灰の上に白みの強い灰が降る。もう、ユリシラの膝下根を埋めるほどまでが沈んでいる。炎が生易しいと、生まれてはじめて思った。

 建物も命も、灰がふれた端から白くかたまってヒビ割れる。ヒビ割れた隙間から断末魔の代わりに赤い火花がとんだ。火花が灰につかまるころには、元の何かは崩れて平らになっている。

 何も、灰以外の何も残さない。

 6万年続いた箱庭が崩れていくさまを、ユリシラはぼんやりと見ていた。現実で起こるはずがないと葉脈が騒ぐ。


 しらしら。

 しらしら。

 灰が、降る。


 空も灰に食われたようで、ぬりたくったように黒ばかりだ。

 もうまで灰に埋まった。声は出ない。ずっと昔に奪われた。ツーと、涙が零れる。

 絶望なら、まだマシだっただろう。


―――ゆるされる、はずがない。


 シャボンのようにあっけなく潰えた故郷を前に、ユリシラは安堵していた。


 ようやく終わる。

 ようやく、すべて投げ出せる。


 そこでユリシラは気がついた。

 今見ている景色は夢だ。それも、ユリシラの夢ではない。


「のこる救いはあと一つ。

 のこる滅びはあと一つ」


 予言を低い声が歌っている。笑っているようだ。


「天の楽土は遠く去り、つなぐ手こぼれた生の業。

 炎ひろがり博愛あいは消え、地にまく雫は赤茶けた。

 毒を水だと尊んで、飢えで救いを潰したろう。


 のこる救いはあと一つ。

 のこる滅びはあと一つ。


 地の底やける罪の子ら。月より来たは罪の子ら。

 空の都は焼け落ちて、皆々もえて地におちる。


 つぐないならせよ、知を集め。

 しずまぬ内に、消えぬ間に。集まり、開く、その前に。

 灰のかいなが、おいつく前に」


 身動きが取れなかった。すくんで、指の一本動かない。

 『月から来た罪の子』はユリシラたち愛し子のことだ。アカシックレコードの機能の一部を生物の形にととのえたもの。約束破りのペナルティとして浮島に送り込まれた概念生命体せいれいのひなたち。

 ユリシラならば「水」と「過去」を身に宿す。

 しかし、愛し子が送られた時点で罪とつぐないは釣り合うはずだ。『つぐないをならす』も『しずみ、消え、集められ、開く』罪も分からない。

 考えがまとまる前に、意識が遠ざかる。夢からうつつへ浮上する。深海から見るような夢の向こうに、透き通った銀の繭がうごめいて見えた。

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