大文字伝子が行く29

クライングフリーマン

大文字伝子が行く29

伝子のマンション。「副部長。タイガーマスクのマスク被ったんですって?」「ああ。素顔でパン配ったら、後でウチの喫茶店に来て、パンくれたおじさんですよね、って子供に言われるからな。ま、伊達直人気分も悪くなかったが。慶子ちゃんの知り合いが着付け教えてくれたんだって?」「違いますよ。私の叔父の知り合いで、忍者パフォーマンスやってる人がいたので、着付けを指導・・・ってこの間話したじゃないですか。」

「副部長。慶子さんに気に入られたいのが見え見えですよ。」と3人の話に福本が割って入った。

「タイガーマスクのマスクもあの店から?」「うん。みちるが無理言ってもはいはい。あの店長はみちるの声聞くだけで、目にハートマークが浮かぶのよ。」「それじゃ、アメリカの古いアニメですよ、渡辺警視。」と、今度はあつこと蘭の話に高遠が割り込んだ。

「あのパン、副部長が運んだパン、あの鈴木校長が手配したことになってますね。」と南原が言った。「マスコミにばれちゃったんですよ、配ったこと。で、鈴木校長が相槌打ったから久保田管理官の判断で、そういうことになったんです。犯人のことから目をそらす為に。」と愛宕が応えた。

「あの校長、政治的野心、見え見えね。その内、どこかの議員に立候補するわよ。」と栞が言った。

「いいじゃないか。学がせっせと原稿書いてネゴさせたんだから、パンも私の一存だと判断したんだろう。ミニ運動会(「大文字伝子が行く21参照」)の件もあるし。そう言えば、福本の叔父さん、礼を言っておいてくれ。」と、伝子は福本に言った。

福本は「先輩。大学関係者が来ない、って踏んでたんですか?」と尋ねた。

「うん。犯人は結局母親だったが、本人が犯人の場合も、大学側に何らかのアプローチをして来たと思うんだ。いきなりの犯行とは思えなかったから。」

「じゃ、シカトし続けてたわけ?けしからんなあ。」「はは。だからな、蘭。副総監にこういう手がありますよ、って教えたんだ。」「じゃ、あの号外は?」「副総監からのルートと編集長からのルートで、慌てて近代が動いた。原案は高遠学。私の愛する夫だ。」

「流石です、先輩。ね、俊介。私も先輩って呼んでいいのよね。『おねえさま』じゃ後が怖いし。」と慶子が言った。

なぎさがすかさず、「後が怖いって、私のことか?」と絡んだ。「違うわよ、なぎさ。私のことよね、慶子。」と、あつこが威圧的に言った。「えと・・・。」

「あ、高遠。藤井さんは?さっき訪ねたが留守のようだった。」「ああ、顧客リストですか?僕が預かっておきましょうか、副部長。」「すまんな、高遠。」

高遠は物部の近くに行って、顧客リストを受けとった。

チャイムが鳴った。高遠が出ると山城だった。「済みません、今回もお役に立てなくて。」

「気にするな。学。山城に煎餅。」「はいはい。」

「いつも仲いいなあ、先輩夫婦。どこかに相手見付けないとなあ。あ、これ。服部君から。」と山城は大きな包みを高遠に渡した。「栗羊羹です。助けて貰ったからって。お茶請けにって。」

「ありがとう。リビング側の席に座って。」

チャイムが鳴った。高遠が出ると、久保田警部補と久保田管理官だった。

「丁度、パンの件話していたところでした。独断で手配して済みませんでした。」「誰も悪いことしていないから、謝る必要は無い。大学側の傲慢な態度に世論は盛り上がっているから、真っ赤な『くノ一』のことなんか、子供の間の印象には残ったろうから、パンで帳消しだな。さて、薫はやはり、受験に失敗した息子のノイローゼに感化されたか、鬱状態が続いた上の犯行だった。連れの男は『ネットの友達』だったそうだ。男は何とかブレーキになろうとしたらしい。元夫のライフルを持ち出したが、操作方法なんて分からない。薫の持っていた方が暴発したんだ。たまたま装填したままだったんだろう。息子の餓死を知って、失神。意識不明だ。餓死を知っていたら、犯行に及ばなかったかもな。餓死とは言ったが、自殺だ。発見された離れのアトリエに遺書があった。ああ、疲れた。誠、タッチ。」

「タッチって殆ど話したじゃないですか。鈴木校長。教育委員会通じて、学校のセキュリティ強化を広めるそうです。」と言う警部補に「やっぱり、いずれ選挙に出ますよね。」と祥子が言った。

「さあ。」「さあ?」とあつこが剣呑な言い方をした。「ま、まあ。出る時はきっと大文字さんに言って来ますよ。ポスター貼り手伝って、とか。」と警部補は何とか返した。

「セキュリティ強化も大事だけど、心のケアもね。今回は大丈夫だったけど、カウンセラーも増やさないとね。」「今はどうなの?南原。」「1パーセントにも満たない。」「酷いな。」

「確かに、今回も幸いテロリストでは無かったが、子供達へのダメージは小さくないからね。EITOはその為に発足された。事後処理よりも寧ろ、事前、いや、未然に防ぐのが役目だ。危険なことはさせない、とは約束は出来ないが、今回の件ではっきりしたことは大文字探偵団にもフォローアップして貰えると助かる。」

管理官の言葉に、伝子も皆に頭を下げた。「毎度毎度迷惑をかけて済まない。乗りかかった船から下りないでくれ。」「変な頼み方。みんな慕っているから大丈夫ですよ、大文字先輩。」伝子はみちるを抱いて、淚した。

「羊羹頂きましょうよ、冷めない内に。」「愛宕さん、出来たてじゃないですよ。」

皆が笑っていると、チャイムが鳴った。

高遠が玄関に出ると、一見してヤクザと見える男がその場にくずおれた。

「あ。血だ。刃物が刺さっている。」と高遠が叫んだ。「すぐ救急車を。」と言う高遠を制して、「不吉な予感がする。」

管理官は指揮した。「高遠君、大量のタオルを。大文字君。病院に手配を。白藤、今日はミニパトか。」「はい。」「よし、この男は白藤がミニパトで頼む。愛宕。みんなと手分けして影武者軍団を作り、駐車場から同時に出発だ。白藤以外は病院に向かうな。二佐。上空から監視させてくれ。あつこ君。白バイ隊待機。そして、君はここに残れ。」「え?」「この男の追っ手が侵入する可能性がある。」「管理官。私も残ります。」となぎさが言った。「いいだろう。散開!」

高遠は、男を池上病院に運ぶことを提案、すぐに池上葉子に電話をした。伝子は奥の部屋からタオルと三角巾にするサラシを持って来た。

チームはすぐに編成された。まず、伝子とみちるがミニパトで男を運ぶ。

依田は、高遠の服を着て三角巾を吊した慶子を助手席に座らせ、営業車で移動。

福本と蘭は、高遠の服を着て三角巾を吊した祥子を福本のワゴンで移動。

栞は、三角巾を吊した物部と共に物部の車で移動。

南原は、三角巾を吊した山城を南原の車で移動。

四台の車は四方向の病院に向かって走った。

オスプレイが出動し、上空から空撮、中継し、高遠が受信した。

池上葉子の家。ミニパトが庭のガレージに入った。待ち構えていた池上病院のスタッフがストレッチャーに男を乗せ、屋内へ運んだ。

浴場を通り抜けるので、思わずみちるが尋ねた。「お風呂に入れるんですか?」

「いいえ、おまわりさん。お風呂、いえ、温泉を抜けた所に病院があるのよ。」と葉子が応えた。「抜け道、ということですか。」「そうね。そうとも言えるわ。」

温泉の端の所まで来ると、葉子はリモコンを操作し、通路が現れた。ストレッチャーは左方向に進み、突き当たりの壁はするすると動いた。

管理官の車。「予期していたんですか。というか、あの男は?」「すこやか組の組長八坂だ。ここに来た時、やけに路駐の車やバイクが多いのに気づいた。恐らく、内紛だろう。実は、昨日相談があると言って来て、大文字君のところで待ち合わせをしていたんだ。思った通り、尾行して行った車両が多いようだな。すこやか組の事務所をガサ入れするように4課に連絡してくれ。」「了解しました。」

伝子のマンション。チャイムが鳴った。高遠はディスプレイの電源を切り、玄関に出た。二人組の男がいた。「どなたですか?」「どなたでもいいだろう。」「何のご用ですか?」「うるさいよ。」

高遠が二歩下がった瞬間、左右から出てきた、なぎさとあつこが二人組を締め上げ、落とした。

あつこは、警察署に応援を呼んだ。なぎさは、一旦出て辺りを見回った。途中で帰宅途中の藤井に出会い、中にいてくれと頼んだ。

高遠は、警部補にLinenで侵入者の報告をした。「メンバーのナビゲーションを頼みます。」という返事が来た。

なぎさが帰ってきた。「今の所、付近に異常なし。不審車両なし。藤井さんに出逢ったから、家にいてと言っておいたわ。」

「5分位で連行しに来るわ。」とあつこは言った。

依田の車。「今、変な男が覗き込んだわ。私の三角巾見て、どっかへ行ったわ。」「撮影した?カーナビにも映っているだろうけど。もう尾行しないかもな。Linenで高遠に知らせてくれ。」

福本の車。「慎重に尾行している積もりかよ。まあいい。病院には渡辺警視からの連絡を受けた警官隊が待っている。」「飛んで火に入る訳ね。」と蘭は言った。

物部の車。「栞。男装も似合うな。」「エッチなこと考えてる?」「考えてる。」「お預けよ、一朗太。今夜も可愛がってあげるからね。」「ワンワン。しかし、尾行下手だなあ、奴ら。」「本庄病院には?」「知らせといたよ、お騒がせします、って。渡辺警視が手配した警官隊に手錠かけて貰うさ。」

南原の車。「ばれませんかねえ。」「ばれてもいいんですよ、囮なんだから。途中で止められそうになったら、すぐに白バイ隊が来るそうですよ。」

池上病院。池上家からの秘密通路を抜けると、そこは手術室だった。「看護師長。お二人を案内して。我々はすぐに手術を行います。」

伝子とみちるは、院内の通路を抜け。待合室ロビーを横切って、表に出た。池上家側に、そっと近づく男が二人いた。みちるが職務質問をした。一人が逃げようとしたので、伝子は『大外刈り』で倒した。みちるは警棒でもう一人の脇腹を突き、右の手首を叩いた。思わずしゃがんだ、その男の金蹴りをした。最後に手錠をかけた。

伝子は。男の肩の関節を外し、指手錠をしたが、駆けつけた警察官の前で指手錠を外し、肩の関節を戻し、警察官に引き渡した。

警官隊が行った後、みちるはミニパトと池上家の隙間に伝子を連れて行った。

「どうした。みちる。泣いているのか?」「はい。先輩とバディ組むの初めてだし、逮捕も緊張したし。」「逮捕は初めてじゃないだろう。それに今、撃退したじゃないか。」「はい。いつもみんなに紛れて帰ったし。ホントは言っちゃいけないのかも知れないけど、脚が震えるんです。」

伝子はいきなりみちるの唇に短いキスをした。「緊張、ほぐれたか?キスは今のキスが最初で最後だ。私は、学が言うところの『スタンダード』だ。女同士の恋愛感情はない。それに、お前達のは『あこがれ』だろう?憧れられて迷惑だと思ったことはない。お前があつこやなぎさに引け目を感じているのは分かっている。境遇も違うしな。私とふたりきりの時に『おねえちゃん』と呼ぶ位は構わない。実は、お前のメモ帳見てしまった。許せ、妹よ。」「おねえちゃん。」

妙な雰囲気を壊すかのように、看護師長が伝子を呼ぶ声が聞こえた。二人は駆けだした。

福本の車が、伝子のマンションから一番遠い境病院に到着した。尾行していた車から男達が出てきた。途端に彼らは数名の警察官に取り囲まれた。後ろに福本日出夫がいた。

本庄病院。物部の車が駐車場に入った。尾行していた車から男達が出てきた。「お待ちしていましたよ。病院には用が無さそうですね。」と、柴田管理官が言った。

南原の車が瀬戸病院に到着した。山城は、あつこから渡されたスイッチを夢中で押した。尾行していた車から男達が降りて来た。白バイ隊が到着した。

「現行犯だな。今、脅されましたよね。」と白バイ隊の女性警察官が言った。「はい。」

「現行犯だな。逮捕する。後で連行して貰うから暴れないように。」車のドアに手錠をかけ、白バイ隊の女性警察官達は去って行った。

すこやか組の事務所。いきなり警察官達が入って来た。「忙しそうじゃないか、田ノ上。」と、中津刑事が言った。

「旦那。よく見て下さいよ。コロニー以降『閑古鳥』ってやつでね。組長はいませんよ。」「知ってる。いずれ会わせてやるよ。メインは組長刺殺容疑だが、他にもあるか、ガサ入れさえて貰うよ。礼状?これ。よく見えないなら、いい眼鏡屋紹介してやるよ。」と応えた。

池上病院。「旦那。俺、まだ生きてるんですか?」「そうだ。まだ趣味の絵は描けるぞ。回復してからだがな。」「メモ書きたいんですが。レポート用紙がいいな。」

八坂と久保田管理官の会話を聞いていた愛宕がペンとレポート用紙を差し出した。

八坂は何やら書き出した。「よく効く痛み止めだ。旦那、読めますか?」

「お前の全財産か?」「田ノ上にくれてやる積もりはないんでね。」「分かった。大いに参考になる。」久保田管理官から渡されたレポート用紙を持って久保田警部補は立ち去った。

「これで、引退出来ますかね。」「ああ。お前は『いい役者』だった。自分で腹を刺しても切腹はしない。器用な奴だ。これからは、『いい絵描き』になれ。個展開くときは呼んでくれよ。」「ああ、嬉しい。少し寝てもいいですか?」「ああ、ゆっくり休んでくれ。」

2日後。池上葉子から高遠に電話が入った。

「高遠君。残念だわ。久保田管理官が言う程器用じゃなかったか、高遠君のところに行くまでに傷口が広がり過ぎたのね。亡くなったわ。八坂三郎は。」

高遠から訃報を聞いた皆は悄然とした。

口火を切ったのは、物部だった。「組を解散して、好きな絵を描いて余生を過ごしたかっただけなのに、な。」

「あの世界はやはり『看板』なんでしょう。」と言う愛宕に「看板?」と山城が尋ねた。「○○組系なにがし組。それで、所謂『見ヶ〆料(みかじめりょう)』を取る。取られた方は、そんなもの気にしないけどね。」と久保田警部補は言った。

「もう任侠とかいうのはフィクションの世界でしかない、っておじさまはいつも言っているわ。」とあつこは言った。

「それにしても、おねえさまの活躍が素晴らしいのは勿論だけど、高遠さんは素晴らしいサポートぶりだし、ヤクザにも毅然としているし、感心したわ。」「ああ、よく仕込んでるから。」となぎさの言葉に伝子は平然と言い放った。

「成長したのさ、高遠は。」と依田が言った。

「成長したのさ、高遠は。」と福本が言った。

「成長したのね、高遠さんは。」と祥子が言った。

「成長したのさ、高遠は。」と物部が言った。

「成長したのよ、高遠君は。」と栞が言った。

「成長したんですね、高遠さんは。」と南原が言った。

「成長したんですか、高遠さんは。」と山城が言った。

「成長したんだ、高遠さんは。」と蘭が言った。

「成長したんですよ、高遠さんは。」と愛宕が言った。

「成長したのよね、高遠さんは。」とみちるが言った。

「成長したとはね、高遠さんが。」とあつこが言った。

「成長したに決まってるさ、高遠さんは。」と久保田警部補が言った。

「はい。成長したことを確認しました、高遠さんの。」となぎさが言った。

「何故?」と高遠が言った。

「大文字伝子を愛しているから!!」と、伝子と高遠を除く全員が言って、笑った。

―完―


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