第9話 高度な駆け引き

 鐘が鳴ってもお互いすぐには動かなかった。はたから見れば舞台上で棒立ちしている二人。だが当の本人たちは実は高度な駆け引きを行っていた。

 ルイがほんの僅か指を動かすと、すかさず反応して攻撃モーションに入ろうとするリア。そしてその度に重心を動かし避ける体勢に入るルイ。避けられると分かっててわざわざ妖術を無駄打ちする者などおらず、リアは攻撃ができずにいた。そのためお互いなかなか動けなかったのだ。

 膠着状態のまま二分が経過した頃、ついにリアが動きだした。


雷鳴トルトニスラーミナ


 紡がれた言葉が雷の剣を作っていく。一瞬で間合いを詰めてきたリアに対し、ルイも瞬時に反応し避ける体勢をとる。


「──ッ!」


 避けきれなかったルイの脇腹に剣が当たり、ルイは舞台の端まで飛ばされた。脇腹を押さえながらリアを睨む。リアは目を細めて笑った。


「弱点見つけましたわ」


 リアの動きを観客席で見ていたカエデが唸る。


「うまいわね」

「そんなにすごかったんですか? 私には何か特別な動きをしているようには見えなかったですけど」


 真剣に見ていたユウが舞台から目を離し、カエデに視線を移す。カエデはユウにもわかるように丁寧に説明しだした。


「膠着していたおよそ二分間でルイの動きから、リアちゃんはルイが怪我していることを見抜いたのよ。そこで雷の陣サンダーのような遠距離攻撃ではなく、近距離攻撃を選んだリアちゃんがすごいの」


 カエデも光属性。この手に関しては専売特許だ。だがまだユウは理解できていない様子なので、カエデは説明を続ける。


「光属性って主に遠距離攻撃が強い術なんだけど、近距離攻撃よりもモーションに時間がかかるから、相手の動きを封じた後とかに発動させることが多い。もしうちが怪我を見抜いていたら、油断して遠距離攻撃を使うわ」


 四年連続優勝者チャンピオンであるカエデが遠距離攻撃を使うと断言するのには理由があった。

 遠距離攻撃の方がモーションに時間がかかるのなら、近距離攻撃を使う妖怪ヒトの方が多いはず。にもかかわらず光属性の大半が遠距離攻撃を使うのは、単純に消費妖力の差にあった。

 近距離攻撃とは武器を作る、いわゆる形成型妖術。簡単なものであっても、そこに妖力をとどめておかなければならないため、消費量が遠距離攻撃に比べて多くなるのだ。勝ち進むためにはできるだけ体力を温存したい。そんな気持ちから遠距離攻撃を選ぶのは、ごく自然な思考と言えるだろう。

 ルイは大きく息を吐き出し呼吸を整え、真っ直ぐリアを見つめる。ルイに一瞬の隙も与えてはならないと直感したリアが再び攻撃を仕掛けてきた。未だ形状を維持したままの雷鳴トルトニスラーミナを振り下ろす。

 ルイは瞬時に抜刀し、リアの真横を抜けるとともに剣を支えている右腕を打った。リアは必死に痛みをこらえて振り返る。ルイはにやりと笑った。


「焦ったね」

「さすがですわ、わたくしを動かすなんて」


 ルイは光属性の相手と相性が悪い。それはルイの攻撃パターンが近距離攻撃しかないからだ。遠距離攻撃で追い詰めることでルイに勝つことができるのは割と知られている。逆に言えば近距離攻撃でルイに勝てる者はほぼいないほど、ルイは近距離攻撃に長けていた。

 そんなルイは相手に近距離攻撃をさせるために様々な工夫をしていた。つまりルイとの戦闘バトルは心理戦がメインとも言える。

 先ほどルイは呼吸を整えたことで体力を回復させるをし、リアに「一瞬の隙も与えてはならない」と思わせた。そうして、モーションに時間のかかる遠距離攻撃に移るのではなく、今手元にある剣を振り下ろすというを優先した攻撃をさせたのだ。

 リアは自分の愚かさを憎みながらもすぐに切り替え、次の攻撃態勢に移る。


雷鳴トルトニスストロペトゥム


 剣を変形させ、銃の形を作ったリアはルイに向けて撃った。雷を纏った弾がルイに一直線に向かっていく。その行動に観客たちはざわめきだした。


「さすが、若いねぇ」


 へらへらと笑いながらルイは木刀を振った。木刀の刃が銃弾に綺麗に当たり、威力を失った弾は地面に落ちる。

 形成型妖術は膨大な妖力を使う。そのためほとんどの妖怪が一つの物だけを生み出して戦う。歳をとれば妖力も衰え、形成型妖術で戦うことは難しくなっていく。剣と銃の二つを作ったリアの行動は若さ故である。

 ルイが年下を相手にすることを苦手とする理由の一つがそれである。ルイの基本的な戦闘スタイルはタジマと戦った時のように妖力を枯渇させてから戦闘不能にさせる、いわば持久戦。だが体力の多い若者はなかなか妖力が減らないのだ。

 ルイが距離を詰めようと走り出した。リアは後ろに退きながら銃を乱発する。だが動きながらではなかなかルイに当たらない。次第に距離が縮まっていきリアの目の前まで来た時、ルイの姿が一瞬にして消えた。

 否、リアの真後ろに回っていたのだ。リアが反応する隙もなく、ルイはリアの頭に木刀を振り下ろす。頭を強く打たれたリアはその場に倒れた。観客たちがカウントダウンを始める。その間もルイは気を緩むことなく木刀を構え続けた。そしてカウントダウンがゼロになり大きな鐘の音が鳴り響くと、ようやくルイは一息ついた。

 負けた相手は即行救護室へと運ばれる。それを見送るとルイは舞台袖へと戻った。舞台袖にはカエデが待っていた。


「あれ、なんでいるの? ユウは?」

「ユウちゃんは観客席で大人しくしてるわよ。それよりなかなかやるじゃない。おめでとう」


 舞台袖から休憩室へと向かいながら二人は話を続ける。


「お前、ユウを一人にしていいのかよ」

「大丈夫よ。近くにケンさんがいたからユウを見るように言ってきたし」

「へぇ、ケンも来てたのか」

「何よ、あんだけケンさんと仲良くしててこまめに連絡取り合ってんじゃないの?」

「んなこまけぇ行動まで逐一連絡するかよ」


 休憩室に着くと真っ先にソファに座るカエデ。


「ほら、どうせ脇腹痛むんでしょ。早く座りなさいよ」


 ルイはカエデに多少の不信感を抱きながらカエデの向かいに座った。


「やっぱすごいわよねー、術使わないで勝っちゃうんだもん」


 表情とは裏腹にどこか暗い声色のカエデ。鋭い目つきでルイを突き刺す。


「ユウちゃんから聞いたわよ。複合型ハイブリッド妖術師メイジなんだってー?」


 背もたれに寄りかかり、笑いながら天を仰ぐ。嘲笑とも捉えられる笑みにルイは彼女から目を逸らす。


「あ、まあ……」


 ルイが言葉を濁していると、カエデがゆっくりと口を開いた。


三島みしま優紀ゆうき


 その言葉でルイの表情が一瞬にして固まった。睨みつけてくるルイに目を向けカエデは続けた。


桜木さくらぎ龍人りゅうと宮島みやじまゆず。これらが何の名前か、ルイならわかってるわよね」


 常人であればただ三人の名前を並べられただけであろう。だがルイとカエデには三人の共通点がわかっていた。そしてカエデの言わんとしていることも。

 なおも口を開かないルイにカエデは淡々と説明していく。


複合型ハイブリッド妖術師メイジが現れたのはここ数年。そして現在確認されているのはさっき出した三名


 つまりルイは複合型ハイブリッド妖術師メイジではないということだ。


「あんたは一体何者なの?」


 『死を約束する森メメント・モリ』で〝地に住まう者ゲーノモス〟とルイの戦いを見た時から……いや、本当はずっと前から彼女はその疑問を抱いていた。

 ルイと出会って三年。ルイはカエデの側近としてずっと傍についていた。ルイはカエデのことをよく知っている。だがカエデはルイのことをほとんど知らない。それが彼女にとっては不満だった。

 ルイは固く口を結んで目を逸らし、これ以上の詮索を拒んでいるようだ。このままルイが何も言わなければただ時間が過ぎるだけ。次の試合が迫っているため、言いたいことを言っておかなければ自分がここに来た意味はないと判断したカエデがすぐに口を開いた。


「あんたが術を使わずにこの戦闘祭バトルフェスに参加する意図は正直わからない。けど、もしあんたがこのまま勝ち進んでうちと当たったとしても、うちは絶対に手を抜かないから」


 瑠璃色の瞳をぎらつかせるこの戦乙女に寒気を感じ、ルイは苦笑いを浮かべた。


「ああ、わかった」

「じゃあうちはユウちゃんのとこ戻ってるから。この後も頑張りなさいよ」


 フンと鼻を鳴らし休憩室を出るカエデを見送ったルイは一息つく。


『言ってしまえば楽になるものを』


 狐面からヤコの声がした。肩にのしかかる重さに気づき、ルイは嘆息をついた。


「るせぇ、ヤコ」


 しばらく廊下を歩いていたカエデはやがてゆっくりと足を止める。

 先ほど彼女の感情を不満と表したが、そんなぬるい感情では決してない。様々な感情が渦巻き、それが悔し涙となって溢れてくる。小さく吐き出した嗚咽を堪え、カエデは鋭い眼差しで先を見据えた。


「絶対、手なんか抜かないんだから」


 そう独り言ち、カエデは観客席へと戻った。

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