第10話 夜ご飯はみんな仲良く
その後ルイはあっさりと五試合目、七試合目を勝ち抜き、一日目を終えた。続く二日目、ルイは丸一日試合がないためルイとカエデ、そしてユウは全試合を見守った。そしてその夜、三人でレストランに行き、食事をしながら楽しげに話をする。
「明日は四試合でしょ? 大変ね。今日と明日で二試合ずつに分けてくれてもよかったのにね」
「人数が人数だししょうがないんじゃね? まあでも昨日全勝したから、明日のうち二試合勝てば本選に進めるんだから、楽勝だろ」
「さすがです。怪我というハンデを持っているのにそれを全く感じさせない圧勝ぶりですよ」
ユウに褒められ、ルイは照れ隠しにステーキを頬張る。
「で、その怪我はよくなってんの?」
カエデに指をさされ、ルイは服をめくりあげた。腹部にはしっかりと包帯が巻かれている。
「一応今日の昼間に救護室で診てもらって包帯巻きなおしてもらった。明日の朝にはもう包帯も外れるだろうってさ」
カエデは「ふーん」とオムライスを一口。ユウもハンバーグを口に入れると美味しそうに笑みをこぼした。
「あれ? こんなとこで食事ッスか? 奇遇ッスね!」
どこかで聞いたことのある騒がしい声にルイとカエデは揃って肩を落とす。ユウだけが声のした方に振り向き、声をかける。
「あ、ケンさん。昨日はありがとうございました」
ケンシロウはにぱっと笑って軍帽をとると頭を下げる。
「ユウちゃん! こちらこそ楽しかったッス!」
ケンシロウはさりげなくルイの隣の席に座った。
「なんで隣に座んだよ」
「なんでって、カエデちゃんとユウちゃんが向こうに座ってるからじゃないッスか」
「そうじゃねぇよ! なんでお前が一緒にご飯食べようとしてんのか聞いてんだよ!」
嫌そうな顔をするルイの隣で、ケンシロウは笑顔で頬杖をつく。
「明日の対戦相手にご挨拶しなきゃなって思って」
「は? 明日? お前とだっけ?」
「あれ? 予選の紙ちゃんと見てなかったんスか?」
苦笑いを浮かべながらケンシロウは店員さんを呼び止め、注文をしだした。本当に居座る気だとルイはため息をつく。
「ケンさんが昨日の三試合目の解説をしてくださったんですよ。おかげですごく楽しめました」
昨日の三試合目と言えばカエデとルイが休憩室で話していた時のことだろう。オムライスを食べ終えたカエデがコップに入った水をぐいっと飲み干す。
「あの後うちが戻ったらすぐどっか行っちゃったくせに、こういういらん時だけ来るのね」
「その言い方はひどくないッスか!? ボクだって忙しかったんスから!」
大げさに残念がるケンシロウにユウはふふっと微笑む。
「で、ルイ。明日は何試合目に出るの?」
ルイは思い出したようにポケットの中を漁り、紙を取り出す。
「一試合目、三試合目、六試合目、八試合目。で、ケンと当たるのは八試合目か」
「最後ッスよ、絶対負けないッスから。めちゃくちゃ観客たちを盛り上がらせるッスよ!」
頼んだステーキを頬張りながらルイに拳を向け宣戦布告をするケンシロウ。ルイはにやりと笑うと拳を合わせた。
「もちろん、俺だって負ける気は毛頭ないぜ」
「ケンさんは後何回勝てば本選に進めるの?」
「三回ッス! 一回負けちゃったんで」
「へぇ。ケンが負けるなんて、相当すごいやつが出てたのか?」
美味しそうにステーキを頬張っていたケンシロウの表情が一気に暗くなった。どうやら負けた時のことを思い出したようだ。その顔を見るに、相当な負け方をしたのだろう。
「ルイは
「チサキって確か地属性の?」
ルイの答えにケンシロウは小さく頷く。
「試合開始直後に
ケンシロウは両手を広げ、降参のポーズをしてみせる。ルイはそこまで詳しくはないが、カエデは顔見知りだった。
「チサキちゃんって
「マジッスか!?」
「ええ。うち、三年前それで勝ったもの。あの子の戦い方は博打って感じだわ」
三年前の準決勝、カエデとチサキは対峙した。その時すでにチサキが開幕に技を使ってくることは知られてはいたものの、誰も対処ができなかった。
試合開始の鐘が鳴り響いてすぐ、
当時十三歳のチサキの妖力値は誰も知らなかった。カエデはいつ終わるかもわからないその攻撃をただひたすらに避け続けた。五分後、チサキの妖力が底を尽き、雨が止んだと同時にチサキは倒れた。カエデが術を使わずして勝った、特殊な試合だった。
それ以来チサキは
「うーん、確かにそれを聞くと博打感あるッスね。ボクは避けきれずにぺしゃんこだったッスけど」
対戦相手の紙を見ていたルイが何かに気づき、あ、と小さく声を漏らした。それにカエデが反応する。
「なに、どうしたの?」
「明日の一試合目、そのチサキと当たる」
「うわ、マジッスか? 気ぃつけてくださいよ。多分カエデちゃんと当たった時より妖力増えてると思うので」
ケンシロウは水を飲み干すとおもむろに立ち上がった。
「ん、もう行くのか?」
「はい。これからちょっと用事があるんスよ」
「こんな時間に?」
窓の外を見るともう外は真っ暗で、辺りは街灯が照らしていた。
「ほんとは今日の昼間行きたかったッスけど、
軍帽をかぶりなおすと「じゃ」と手を振り、席を離れた。ケンシロウの背中を見つめていたルイも立ち上がる。
「俺、ちょっとつけてくる。お前らは部屋に戻ってろ」
「あ、ちょっと!」
カエデの制止も聞かず、ルイはケンシロウの後を追いかけた。
首都であるリビリーはとても栄えており、常に妖怪が行き交っている。だが少し外れるとその景色は一変する。絶えずついていた街灯もまばらになり、人足も減っていく。辺りは静寂が支配し、聞こえてくるのは足音のみ。
「なんでついてくるんスか?」
振り向かぬままケンシロウがルイに問う。ルイは口をつぐんだままケンシロウを見つめた。ケンシロウは諦めたように息を吐く。
「別に面白いもんじゃないけど、一緒に来るッスか?」
ルイは黙ってうなずいた。少し間を空けてずっとついてくるルイ。ケンシロウにとっては別に隣に並んでもよかっただろう。だがどこか哀愁漂う背中がそれを拒んでいるようにルイには思えた。
しばらく後をついていくと、ケンシロウはとある墓地に入った。入り口の無人販売所で花を一輪買い、奥へと進んだケンシロウは一基の墓の前で立ち止まる。墓石には〝
「墓参り……?」
「そうッス。ボクの兄貴分だった
墓の花瓶に花を生け、墓の前で座り込んだ。ルイも隣に座る。ケンシロウは軍帽をとると、優しくふちをなぞる。
「五年前、
ケンシロウの耳も尻尾もだらりと下がっている。
「ボクの妖術のほとんどは彼に教わりました。強くて優しくて、どんな時も彼は……笑顔だった」
「……死因は?」
ケンシロウの眼が潤む。しばらく黙っていると、ゆっくりと口を開いた。
「自殺です」
ルイは言葉も出ずに俯く。おもむろに立ち上がったケンシロウは軍帽を深くかぶると、ルイに笑みを見せる。
「おかしいッスよね。どんな時も笑顔だったのに、自殺するなんて……。ボクは今でも他殺だと思っています。いつか……」
墓石に目を向けたケンシロウ。その眼差しは鋭く、怒りに満ち溢れていた。
「いつか絶対、ボクが犯人を捕まえるッス」
冷たい風が二人の間を吹き抜けた。ケンシロウはいつも通りへらっと笑う。
「やっぱり夜は肌寒いッスね。そろそろ帰りましょうか」
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