二章 燃え滾れ! 戦闘祭

予選編

第8話 戦闘開始!

 軍帽を深くかぶったケンシロウはとある建物の前に立っていた。木製のドアを二回ノックすると、一つ間を空けて入る。そして下へ下へと伸びている薄暗い階段を軽快な音を立てて下りていく。一番下まで下りるとまたドアがあり、ケンシロウは右の壁に取り付けられたインターホンを鳴らした。すると鍵が開く音がし、ケンシロウはドアを開ける。

 薄暗い部屋。カウンター席に一人の男性が座っているのが見え、ケンシロウは左手をポケットに入れたまま右手で軽く手を振る。男性もひらひらと手を振った。


「遅ぇぞ、ケン」

「あれ、ハジメさん一人ッスか? せっかくボク頑張ってきたのに」


 ハジメは自分の右奥にあるソファを指さした。ソファの上では八歳ほどの小さな女の子がペットボトルを開けようと奮闘していた。


「ココさんもいたんスね」

「あとはみんなお前が遅いから帰っちまったよ」

「しょうがないじゃないッスか、見舞いが遅くなっちゃったんスもん。それより聞きたくないスか? バケモノとの話」


 ケンシロウはハジメの隣に座ると頬杖をついた。ハジメは嘲笑を浮かべる。


「戦ったのはお前じゃなくてルイだろ」

「ははは、そうでした」


 二人が談笑しているとココが寄ってきて、ケンシロウにペットボトルを渡す。


「ケンシロウ、開けて」


 ケンシロウはペットボトルの蓋を開けてあげながらハジメに尋ねた。


「んで、どうする予定ッスか? 今後は」

「えー、とりあえずは様子見じゃない?」


 蓋の開いたペットボトルをココに渡すと、ココはそれをぐびぐびと飲み始めた。そしてペットボトルをカウンターに置き、今度はケンシロウに向けて両手を広げ抱っこをせがむ。


「んでも、ルイはこっちの動きに気づいてるんスよ? 何か手を打たないと……」

「ケンシロウ、焦っちゃだめ。まだココたちが動く必要はないよ」


 ココが冷静にケンシロウを制止させる。常に無表情のココが何を考えているかは、ケンシロウにはわからない。ただケンシロウは下っ端のため、自分勝手に動いてはいけないことはわかっていた。

 ココは青みがかった黒い瞳でハジメを見つめる。


「ハジメ、あの子を出そう」

「マジ? バレたら騒ぎになるぞ」


 頬を膨らませ露骨に機嫌の悪さをあらわにするココ。こうなってはとても厄介だ、とハジメは頭をかいた。


「んじゃまあ、やってみますか」


 ハジメは奇妙な笑みを浮かべる。

 ひそかに忍び寄る魔の手に世間は一切気づくことなく、数日が経過した。


「──くそー、一週間で退院って話だっただろーが」

「〝絶対安静〟でって約束を破ったのはどこのどいつよ」


 いつにも増して騒がしい彼ら。そう、今日は戦闘祭バトルフェスの初日だ。一週間で退院できるはずだったルイは医者の指示を無視して動き回り、結果入院日数が十日間にまで伸びてしまい、戦闘祭バトルフェスに向けての練習が全くできなかったと今更ながらに嘆いている。全くの自業自得である。


「ルイさんも参加されるんですね」


 戦闘祭バトルフェスの準備をする二人をソファに座って待つユウ。


「まあな。今日はユウはカエデと一緒に観客席で見てな」

「カエデさんは参加しないんですか?」

「うちは前回の優勝者チャンピオンだから三日目までは免除。いわゆるシード権ってやつだね」


 一週間かけて行われる戦闘祭バトルフェス。三日目までは予選、四日目は集計により休み、五日目以降が本選と言われている。

 ルイは前回出場していないため、予選を勝ち抜かないと次には進めないのだ。カエデも一応四日目以降の戦闘祭バトルフェスのために準備をしつつ、ルイの準備を手伝っている。着替えを済ませ、木刀を三本腰につける。


「あれ、ルイさん。今日は日本刀じゃなくて木刀なんですね」


 早速ルイの変化に気づいたユウにルイは準備の手を緩めることなく説明した。


戦闘祭バトルフェスでは術を使うのが苦手な妖怪ヒトのために特別に武器の持ち込みを許可する場合がある。勿論、事前に申請が必要だがな。それでも規制は厳しい。戦闘祭バトルフェスを長く続けていくためにはむやみに死人を出すわけにはいかないから、殺傷能力の高い武器は禁止。刀とか、あとは銃とかも。木刀や棒ならギリセーフってとこかな」


 戦闘祭バトルフェスは古くから続く伝統ある祭りである。これだけ長く続いているのも、規則がしっかりしているからに他ならない。

 みんなが楽しむための祭りで死人が出ることはあってはならない。そのため、武器の使用だけでなく妖術に関しても規則が設けられている。

 幼子が妖術を暴発させる事件は少なくない。小さいうちは自分の力をうまく扱いきれず他人に危害を加えることもあるほど、妖術は危険性を伴う。妖術をうまく使いこなせるようになるのは、個人差はあれど十二歳前後と言われている。

 戦闘祭バトルフェスに参加するためには申請が必要になる。その時に武器の有無や妖術が使いこなせるかどうかをチェックされる。それ故、参加者は自分の力を制御コントロールできる大人が大半だ。


「まあつまりは、妖術を扱いきれないから武器で戦いますって子どももいなくはないわけよ。そこまでして参加する必要性があるかって言われたらちょっと疑問だけどね」


 ルイの話に付け足すようにカエデがユウに説明した。


「遊ぶ金欲しさに参加する奴はいるぞ。一勝でもすりゃわずかながらにお金はもらえるし、負けても死にはしないから参加しやすいってところはある」


 準備を終えたルイが立ち上がり、腰に手をあてる。

 袴姿に木刀といういかにも和風なスタイル。彼のトレードマークである狐面を隠すように頭にかぶったボロボロの布切れを胸のあたりでしっかりととめていた。


「そのお面はとらないんですか?」

「ああ、こいつは武器じゃないから違反にもならないし、なによりこいつがあったほうが目立つだろ?」


 にひっと笑うルイ。するとちょうどタイミングよくアナウンスが鳴った。


『もうすぐ第一試合が始まります。選手は至急、舞台袖にお集まりください』

「ルイは何試合目?」

「俺は一日目は二試合目と五試合目、七試合目だな」


 ランダムで相手とマッチングし、全員が同じ試合数をこなすのが予選。参加数によって試合数が変わるため、今回の場合は三日間で七試合中五試合勝てば本選へと駒を進められる。本選にあがれば今度は勝ち抜き戦。負ければ終わりの試合を淡々とこなしていくようになるのだ。


「さ、一試合目がどんなもんか、見に行こうぜ」


 三人は観客席へと移動する。もうすでに観客席は大勢の見物人で埋まっていた。座るところがないため、三人は立って観戦することにした。


「すごい人ですね」

「本選になったらこんなもんじゃないわよ。国中の妖怪がここに集まるんだもの」


 楽しげに話している女子二人の隣でルイは静かに舞台を見据える。どんな人が参加しているのか、どれほどの実力なのか、しっかりと観察しておくのも作戦の一つだ。

 舞台の上に立つのは中学生くらいの女の子と三十代くらいの男性。かなり体格差があるが、運も実力のうち。観客の半分以上が男性の勝利を確信していた。

 大きな鐘の音が鳴り、一試合目が始まった。先に動いたのは男性のほうだった。


「わりぃな、嬢ちゃん! さっさと勝たせてもらうぞ!」


 男性が女の子に両の手のひらを向ける。すると手のひらから炎の玉が飛び出した。


花火ファイヤーワークス!」


 その言葉とともに炎の玉が花を開かせる。そして女の子を丸呑みにしようと襲い掛かった。


アクアグラディウス


 少女が一言呟くと炎の玉に切れ目が入り、一瞬にして爆発した。誰もが目を奪われるその派手さに思わず歓声があがる。

 一方舞台上では巨大な火の玉が爆発したことによりできた煙が広がっていた。視界が悪く少女を視認できない男性はうろたえる。


「くそっ、どこだ」


 男性の背後にゆらめく人影が現れ、攻撃を仕掛けてきた。気づいた男性が瞬時に反応する。と同時に煙が退き、その姿があらわになった。


「は!?」


 男性の背後にいたのは人に見せかけたただの水。状況が理解できず固まる男性に少女は微笑みかける。


「残念、それは囮」


 少女は男性の首に指先を突き付けた。


アクアハスタ


 尖った水が男性の首に突き刺さった。大量の水が首にある太い神経を刺激し、男性は一瞬にして気絶。倒れた男性に観客はカウントダウンを始めた。


「五……四……三……二……一……」


 大きな鐘の音とともに少女の勝利が決定した。

 歓声が響く中、ルイの隣で見ていたカエデが口を開く。


「今回は若手が活躍しそうね」


 ルイは参加者の名前が書かれた紙を見つめる。横からカエデが知っている名前を指でなぞっていく。


「ほら、ルイと当たるの十二歳のリアちゃんでしょ。それに三試合目は十五歳のミツルとシンジだし」

「リアって確か光属性だったっけ。これは手ごわいな。ってやべ、もう行かなきゃ」


 ルイは紙をポケットにしまうと急ぎ足で舞台袖へと向かった。カエデとユウは席を確保し、座りながら試合が始まるのを待つ。


「どっちが勝つんでしょうか。やっぱりルイさんですかね」

「どうかしら……」


 こないだとは打って変わってあまり自信のない様子のカエデ。


「お相手、強いんですか?」

「かなりね。しかもルイはまだ傷が完治していないはずだから、本来の実力を発揮できるか危ういし……」


 舞台袖についたルイは軽く体をほぐしていると、脇腹に違和感を感じてさすってみる。


『大丈夫か』


 狐面からヤコが話しかけてきた。ルイはにやりと笑ってみせる。


「ああ、ちょっと違和感あるだけだから。まあお前はそこで大人しく見てるんだな」


 準備が整い、ルイは舞台にあがった。目の前にはルイより少し小さな女の子、リアが立っている。

 およそ五千人の観客が見守る中、大きな鐘の音が鳴り響き、第二試合が始まった。

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