第7話 嘘つき

 担当医が不在のため、病室で待つように言われたカエデは病室に戻る。病室のドアを開けようとしたところで声が聞こえてきた。


「お前が妖怪の世界ここに来た目的はなんだ」


 分かりきったであろう質問にユウは困ったような笑みを浮かべる。


「えっと……、私の父親を捜しに──」

「嘘だな」


 ユウの笑顔が消えた。ルイはリュックから封筒を取り出すと中身を開ける。


「こいつは俺が知人に頼んで取ってきてもらった、人間世界で出されていた捜索願だ」


 その紙に書かれている名前を読み上げる。


「水無月優雨」


 暗い顔をするユウに紙を見せた。


「家族らが出した捜索願にはユウ、お前のことが書いてある」


 ユウは一文字に結んだ口をゆっくりと開いた。


「それが……本物って証明はあるんですか?」

「んじゃあ今から人間世界にでも行くか? 警察のとこ行ったら一発だぞ」


 捜索願を見ていたルイがふとユウに目をやると、ユウは顔を歪ませ両目に涙をいっぱい溜めていた。やがてそれを拭きとると優しく笑う。


「意外と鋭いんですね、ルイさんって」

「鋭いのは俺じゃないけどな。まあ嘘を吐いてまでここに来た理由が知りたいだけだ。別にお前をいじめたいわけでも、即行人間世界に帰したいわけでもない」


 ユウはベッドのへりに手をかけ、身を乗り出す。


「いいですよ。理由、知りたいなら教えてあげます。その代わり私にも教えてください」

「え?」

「ルイさんは何者なんですか?」


 質問の意図がわからず声を出せずにいるルイに、ユウは続けて言った。


「妖怪は普通、一種類の属性しか持たないはずです。それを二種類使っていたのはどうしてですか? ルイさんは、複合型ハイブリッド妖術師メイジなんですか?」


 ルイは思わず目を丸くする。


「よく知ってんな、その言葉」

「私、小さな頃から妖怪のこの世界に興味があったので」



 前述しているように妖怪は基本的には一種類の属性しか持たない。しかし日々進化し続けている中で複数の属性を持つ妖怪が現れた。それが複合型ハイブリッド妖術師メイジである。詳しいことは未だ解明されていないため、存在を認知している人も少ない。


「私はこの世界に憧れているんです」


 ユウは窓によりかかり、外の景色を見つめる。


「私も術を使ってみたいなって、思うんです」


 風がユウの艶やかな黒髪を揺らす。


「それが、私がここに来た理由です」


 嘘を吐いてまでユウが来た理由。


『憧れ』


 それはルイの心に重くのしかかった。

 ドアが開き、カエデが入ってきた。


「先生今いないみたいだから、病室で待っててって。あ、こらルイ! 寝てなさいって言ったじゃない!」

「うるせぇのが来たよ、全く」


 ルイは嫌そうな顔をしながらベッドに横になり、天井を見つめる。

 さげすみ嫌われ、元いたところから追い出された妖怪たち。それが今や憧れられているなんて知れば、せっかく仲直りしかけているこの関係を崩すことになるかもしれない。となればこれからルイがするべきことは──

 ドアがガラガラと開き、花を持ったケンシロウが入ってきた。


「あれ、起きたんスね。ルイにお花買ってきたッス。花瓶も持ってきたんで机の上に飾っとくッスよ」

「なんだなんだ、俺って人気者?」


 嬉しそうな様子のルイ。花を飾るケンシロウを見ていたカエデがふと窓の外を見ると、もう太陽が沈みかけていた。


「ユウちゃん、うちらはもう帰ろっか。あんまり遅いと危ないし」

「そうですね」

「えぇ~、ボク今来たばっかッスよ。もう少しみんなでおしゃべりしよーよ」


 カエデはユウの背中を押して病室を出る。


「こんな時間に来たのが悪いわ。じゃあね」


 カエデは二人に手を振り、病室のドアを閉めた。がっかりした様子で肩を落としていたケンシロウは、ドアが閉まるなり窓にもたれて無表情でルイに話しかけた。


「水で飛んだ時に術使ってるとこ見えたッスよ、バカ」

「やっぱ? ヤコは無防備だからなぁ」


 ケンシロウは持っていたバッグからペットボトルを取り出し、水を一口飲む。


「で、いつまで黙ってるつもりッスか。ユウちゃんはともかく、ずっと傍にいるカエデちゃんにまで黙っておくのはさすがに厳しいッスよ」

「んー、そろそろ動きそうな気がするんだよね、上層部うえが」


 ケンシロウが眉をひそめる。


「なんでそう思うんスか?」

「カエデの注目が高まったからだ。それに比例して俺も注目を浴び始めた。これはこないだ周囲の人々の反応見て体験済み」


 ルイは天井に手を伸ばす。細く角ばった腕には点滴の管が繋がっている。


「俺たちが暴れてるのをこれ以上野放しにはしないはず。今年、遅くともこの上半期中には動くとみていい。あいつにはいつか話そうと思ってる。でも今じゃない」

戦闘祭バトルフェスッスか?」


 黙って腕を下ろしたルイ。ケンシロウは口に手を当て、考える。


「確かに戦闘祭バトルフェスを滞りなく進めるためには、まだ言わないほうが賢明ッスね」

「まあ、そういうことだ。真実はまだお前だけが持っていてくれよ」


 ケンシロウは恥ずかしげに頭をかく。ルイは何手も先を読んでいた。

 そしてそれぞれに置いている信頼も、種類は違えどその事実は揺るがない。時折感じる歳に似合わない落ち着きはそこらの大人以上であるとケンシロウは改めて理解した。


「ほんと、末恐ろしいやつッスよ」

「ん? なんか言ったか?」

「なんもッス。じゃ、ボクもこれで失礼するッスよ」


 ケンシロウは病室を出ると大きく息を吐き出す。かぶっていた軍帽をとると、スマホを取り出し電話をかけ始めた。


「今、見舞いを終えました。はい……」


 鋭い眼差しで先を見据えるケンシロウ。にやりと笑うと犬歯が顔を出した。


「我々の動きに勘付いたようです」


 四月二十八日。世界が静かに動きだした。

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