隠せない異変
(頭……痛いな……)
ぼんやりとした頭の片隅で、そう思った。
出てきそうになった
雲一つない快晴だ。
頬杖をついて、抜けるように青い空を無感動に眺める。
「暑い…」
実は一つ呟くと、一番近くの窓を開けた。
窓を開けると同時に、熱気を伴った生ぬるい風が、顔から胸の辺りをゆっくりと吹き抜けていく。
柔らかな風の感触と熱気の気持ち悪さに、実は微かに表情を歪めた。
色々とあった夏休みも終わりを告げ、学校は二学期に入っていた。
二学期が始まったばかりの時は何かと忙しかったものの、二週間ばかりが経過した今となっては、特にイベントらしいイベントもなく、早くも学校が退屈になってくる頃だ。
それに加えてこの暑さ。
できることなら、快適な家の中にでも引きこもっていたいものだが。
九月も終わりが近い。
暦上は秋だとはいえ、実際にはまだ夏の暑さがしぶとく居座っている。
衣替えはまだまだ先の話で、大半の生徒が
実は窓に手をかけたまま、視線を下へと持っていった。
その先には、広い校庭が。
校庭では、数人の生徒が朝から駆け回っていた。
学校のフェンスの外には歩道と車道が通り、車や人が忙しなく行き交っている。
そんな朝の風景を見下ろして、実は退屈そうに溜め息をついた。
そして静かに、すぐ近くにある自分の席へと戻る。
久し振りにまじまじと見る景色とはいえ、窓の外に広がる景色は、夏休み前に見たものとさして変わりなかった。
校庭で走り回る生徒たちも、歩道を歩く人々もまだ夏の格好。
歩道と車道を分けるように植えられた植え込みなども紅葉に染まる気配はなく、緑色の葉を生い茂らせている。
秋の〝あ〟の字すら感じられない光景だ。
もう見飽きたと言っても過言ではない、何も変わらない風景。
普段ならろくに見ないであろうその景色を、実は何も考えずに見つめていた。
別に理由があるわけではない。
何も考えたくなかった。
ただ、こうしている方が楽だったのだ。
夜中の出来事の後 、涙がようやく収まった頃には、すでに日が昇り切っていた。
体は
しばらくは、まともに動くことも叶わなかった。
学校を休もうかとも思った。
しかしあのまま家にいたとしても、きっとなんの気休めにもならない。
むしろ余計なことばかり考えてしまい、気力を無駄に消耗するだけ。
それよりは、多少気晴らしができそうな学校に行くことを選んだわけだが、どうやら誤算だったらしい。
気晴らしなんて、できやしなかった。
学校に着いてから何人かに声をかけられたが、正直誰と何を話して、どんな対応をしたのか、ほとんど覚えていない。
思考と五感全てに
周囲の人や物が夢の中の風景のように色を失って見えて、その結果、受け答えもまともにできないという状態だった。
周囲から見たら、上の空といった感じに見えたことだろう。
……とまあ、こんな感じでいたら、そのうち周りに反応するのも面倒になって、適当に外を見て暇を潰すという行動に至ったわけだ。
楽しくもなんともないが、これが一番楽で、一番の気晴らしになる。
「実? おーい、実ったら!」
ふと声をかけられたが、思考をあえて手放している実は反応しない。
「ったく、実!」
今度は肩を掴まれ、軽く揺さぶられる。
それでようやく、誰かの存在に気付いた。
「え? ……あ、梨央、拓也……」
顔を向けたその先では、梨央が半分当惑顔、半分呆れ顔といった表情でこちらを見ていた。
その隣では、梨央と同じような表情で立っている拓也もいる。
しかしその二人を前にしてなお、実の意識ははっきりとしないまま。
ぼんやりとした実の様子を見かねてか、梨央が仁王立ちで腕を組む。
「もう、大丈夫なの? 何回声かけても返事しないから、心配したじゃない。」
梨央の耳通りのよい高い声が
しかしそんな梨央の声も、
「ん……大丈夫。心配するほどのことでもないよ。」
そうは言ったものの、それで納得するほど梨央も単純ではなかったし、こちらの調子もよくは見えなかっただろう。
梨央はしゃがむと、実の顔を下から覗き込んだ。
「嘘。顔色悪いよ。何か悩み事? それとも、体調悪い?」
じっと探るような目で見られて、実は梨央から顔を逸らしたくなった。
今のこの精神状況では、いつものように心の内側を隠し通せる自信がなかったのだ。
「大丈夫だって。昨日、あんまり眠れなかっただけだから。」
「ふーん。……本当にそうだったら、いいんだけど。」
明らかに疑われている。
これは少し無理をしてでも、表情を取り繕う必要がありそうだ。
そう判断し、苦笑を浮かべる実。
梨央はまだ何かを言いたそうにしていたが、実がそれ以上言葉を重ねることはなかった。
ひたすらに口をつぐんで、これ以上の詮索を阻む。
自分の状態をごまかすために言葉を連ねることは可能だが、無理に口を開けば、梨央や拓也に何かを勘付かれるような気がした。
だから、何も言わない。
でも、やはり今の自分では、最後までごまかし通せる自信は微塵もなくて。
「………」
無言のまま流れる時間が、実の不安を煽る。
少しだけ怖くなって、実は隙を見て拓也を盗み見た。
拓也は、困惑の中に微かな驚愕を滲ませていた。
見なければよかった。
そう後悔した。
拓也はすでに、自分の異変を感じ取っている。
それを確信してしまって、胸中に気まずさが充満する。
いつもなら、拓也にだって気付かれないように平気で嘘をつけるのに、今は違う。
隠す自信がないと自覚していることに違わず、拓也には異変の一端を感じ取られてしまっている。
完璧に隠せていた時には感じなかった、なんともいえない気まずさ。
気付かれたくないくせに、ごまかすことさえ上手くできない自分への苛立ち。
そんなものが、自分の精神をさらに追い込む。
やはり、どうにかして言い繕った方がいいだろうか。
それがむしろ疑惑を深める行為に繋がるかもしれないと頭の端で思いつつも、口を開こうと顔を上げかけた。
先ほど開けた窓から風が吹き込んできたのは、その時のことだ。
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