第3話:魔王の犬を可愛がってみた

 魔王を泣かせた日の翌日、俺は魔王の家に向かっていた。

 怖がらせたお詫びというか、今日は俺の方からちょっとした土産を持ってきている。


「おーい、起きてるか?」


 ドアをノックしながらそう声をかけると、中で何やらバタバタと騒いでいたかと思うと、薄ピンク色のふわふわしたパジャマに身を包んだ魔王がドアから姿を覗かせた。


「なに?」

「昨日の詫びだ」

「……なにそれ?」


 俺が担いでいる布を見て怪訝な顔をする魔王。

 だが今回はかなりいいものを持ってきた。

 流石の魔王と言えどもこれを見たら一発で機嫌が良くなること間違いなしだろう。


「ほれ、これをやろう」


 俺はそう言って布を剥いで中に入っていた一振の長剣を魔王に渡した。


「ほんとに何これ」

「世にも珍しい神剣だ」

「……えぇ?」


 そう、何を隠そうこれは神剣。

 神の剣とかいて神剣だ。

 俺が魔王討伐を命令された国で信仰されてた神を昨夜のうちにボコボコにして作らせた逸品だ。

 魔王よりは強かったけど溢れ出てる魔力すら突破できないようじゃあ俺には勝てんよ。


 魔王討伐はあの国の王が勝手に命令したことで神は全く関係なかったけど、そこで信仰されてる以上部下のミスは上司の責任ということもあるし責任を取らせて作らせた。

 俺の聖剣より性能が良いけど、ぶっちゃけ俺の場合武器より魔力を纏った拳の方が強いから不要の産物だった。


「そうそう壊れることもないだろうけど気をつけて使えよ」

「そんな物騒なもの怖くて使えないんだけど……」

「物騒とはいえ今の力のないお前には必要なものじゃないのか?」

「うっ……じゃあ有難く貰っておくけど……でも昨日のことはまだ許してないから……」

「お前が勝手に漏らしただけなのに」

「言わないでよっ!」


 なんだこいつ。

 もう一回漏らさせてやろうか?

 ……おっと、なんかまたジト目で見られてんな。

 なんでか知らねぇけどこいつ時々俺の考えてること読んでそうなんだよな。


「ところで今更なんだけどお前名前とかあんの? まさか“魔王”が名前じゃないだろ?」

「なんで貴様なんかに名乗らないといけないんだ……」

「ご近所さんなのに名前すら知らないのはさすがに問題だろ。どうしても嫌なら無理強いはしないけどよ」

「……笑わない?」

「あ? まぁ人の名前聞いて笑うほど腐っちゃいねぇと思うけど」


 そんな確認するほど変な名前してんのか?

 魔王は相当悩んでいるのか何やらブツブツと呟きながらこっちをチラチラ見たり視線をさまよわせたりしていた。


「……エル」

「ん? なんて?」

「だから、ラファエル! 名前!」

「…………ふっ、い、いい名前だと思うぞ? うん!」


 あっぶねぇ!

 危うく吹き出すところだったわ!

 なんで恐怖の象徴の魔王の名前が慈愛の天使なんだよ!

 いや別にこいつの名前に罪はないんだけど、なんというか、カエルにゼウスって名前つけるみたいなアンバランスさというか、決してバカにしてる訳じゃないけど笑いそうになってしまった。


「声、震えてる……笑ってない?」

「バカお前! 俺が! 人の名前聞いて笑うわけないだろ!」

「そ、そうか……ならいいんだけど……」


 慣れるまで気をつけて呼ばないと下手したら笑ってしまうかもしれない。

 本当にバカにするつもりじゃなくて、ギャップが面白いっていうか、可愛いっていうかで我慢できなさそう。


「それで、私は名乗ったけどそっちは?」

「あ、あぁ……俺の名前はアルトだ」

「ふーん……まぁ別に興味無いんだけどね」

「まぁこれからよろしく、ら、ラファエル……」

「……ねぇ、やっぱり笑ってるでしょ」

「ソンナコトナイヨ?」

「皆して私の名前バカにするんだ! レオン、おいで!」


 魔王改めラファエルが家の中にそう呼びかけると、中からテッテッテッと何かが走ってくる音が聞こえた。


「わんっ!」


 そして外に出てきたのは頭が二つ着いている子犬だった。

 錬金術の失敗作?

 これツッコんだら「勘のいいガキは〜」って言われんのかな?


「レオンは我が家の番犬ケルベロスなの。アルトなんて噛みちぎって殺しちゃうんだからね!」

「ほぅ? ケルベロスとな?」


 俺が知ってるケルベロスはそもそも地獄の番犬だし、頭も三つだった気がするけど、まぁラファエルがケルベロスだって言い張るならそれでいいか。


「わふん」


 俺がしゃがんでケルベロスの方に手を出すと、ケルベロスは俺の方に近づいてきてゴロンと仰向けに寝て腹を見せてきた。

 野生の勘かなんかで逆らっちゃいけない相手だとでも思ったのかね?

 見てから降伏するまでが早すぎるんだが……番犬としてもうちょっと仕事しろよ。


「れ、レオン……」

「なんでまたお前も泣きそうになってんだよ」

「私ですらお腹撫でさせてもらったことないのに……」

「思ったより懐かれてねぇのな」

「う、うわぁぁぁぁん!」


 言ってから後悔した。

 ラファエルは俺の言葉を聞いてブワッと泣き出した。

 なんか魔王として対峙してた時と印象が大分変わったなぁ。

 今は幼いって言うか子供相手にしてるみたいな気持ちになる。


「あー、ほら、今なら腹撫でれるんじゃないのか」

「んぇ、でも、ヒック、レオンがお腹見せてるのはアルトだもん……」

「いいから、大丈夫だから撫でてみろって」


 俺がそう言うとラファエルは恐る恐るケルベロスの腹を撫でた。

 するとさっきまで泣いてた顔をパッと輝かせて撫で回していた。


 それを見て、何故か分からないが俺はラファエルの頭を撫でていた。

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