第19話

   十九

「はなして!」

 左院の悲痛な声と同時にアサは手を離した。

『ごめんね』

 ヨルトの秘書の様な存在の黒人女性、アサ・ストーンマン・デドモンは無表情に答えた。

『君は逃げるのが好きだな。Ms.ミヤビ』

 太極図の刻まれた鋼のコインを指先で転がしながら椅子に座っている。闇に閉ざされた地下室の中で唯一の光に照らされている。まさに悪役そのものだ。

『これまで君がしてきた行為。何故私が非難されなければならない?』

『私は貴方を信じてたのに裏切られた』

 微笑してヨルトが答えた。

『裏切ったなんて失敬な。忘れてるのさ』

 それを聞いて左院は歯を食いしばった。

『私は貴方の悪行を一つも忘れていない!』

 左院の苦痛の声が地下室に響き渡った。それをヨルトは睫毛一つ動かさず見つめていた。

 

 チャキン

 地下室の何処かから鎖が揺れる音が聞こえる。

 

     オーデュボン・パーク 七時四十二分

「どうでしょう。能力者を探すとなると私の専門じゃどうすることも」

 能力者とて人間だ。三村の専攻は超能<力>であり人間心理学ではない。

「先ずは出現場所をまとめてみましょう」

 スマートフォンで地図アプリを開き、これまでの点を表示した。日本の雫石市、福岡市、アメリカのケンタッキー州。花澤は地図を見ていると引っかかる事があった。

「そういえば」

 バッグから名刺入れを取り出し、かつての名刺を探し出した。

「これ、どうだろう」

 巨大宇宙船を前にして右往左往していた花澤と三村の前に現れた青年から渡されたこの名刺には国際電話番号が記載されている。日本にいた頃は料金がかかるため電話をすることを拒んでいたが今はアメリカにいる。調べたところアメリカの番号だったので電話をかけることは可能になった。

「どこかに公衆電話があると思いますし……」

「調べてきますよ」

 伊藤は話を遮ったことを謝りながら走り去っていった。

「思い立ったら即行動、ですね」

 乱れた前髪を整えながら微笑した。

「昔からだよ」

 辺りを少し見回すと突風が吹いて伊藤の声が聞こえた。

「全然無いね」

 息を切らしながら栄養ドリンクを飲んでいる伊藤が現れた。

「まぁ、確かに日本でも珍しいからな」

 腕を組みながら納得した花澤はつっこんだ。

「ってか、スマホからいけるんじゃねえの」

 三村は顔を紅くしながら下を向いた。

「た、確かにそうですね」

 伊藤は慌てながらフォローした。

「いや、でも良い訓練になりましたし」

「フォローありがとうございます」

「いや、フォローといいますかなんといいますか」

 スマートフォンに電話番号を入力して三村に渡した。

「電話、おなしゃす」

「は、はい」

 先程の思いを頭を振って振り払いスマートフォンに集中した。

 

     アメリカ シカゴ七時五十八分

 プルルルル プルルルル

 白の固定電話が唸りをあげた。黒色の手が受話器を掴み上げた。

『もしもし』

 受話器からは少し震えた女性の声が聞こえる。

『もしもし。こちらの番号は社会奉仕会社のピースでしょうか?』

『左様です。えーっと、御名前を伺っても?』

 アサは手元の名簿を見ながら質問した。

『三村です』

 伊藤優と書かれた欄にチェックを入れた。

『ではMs.ミムラ。ご用件は』

『……人探しです。こちらは名刺に書かれた番号にかけたのですが、その名刺を貰った時に力になります。と言われたことを思い出しまして、可能でしょうか?』

 無表情のまま声色は笑顔で答えた。

『可能でございます。探したいお方の名前や特徴を教えていただけますか?』

『ええと、彼女の名前は左院都姫。特徴は——

『お電話変わりました』

 ヨルトがアサから受話器を回され三村の対応にあたった。

『こちらはピースの会長をしています。ヨルト・グランデと申します。Ms.ミムラでよろしいですね』

 急に声が変わり驚いたのか相手の声が遠くなった。

『はい』

『今回のお電話は人探しの依頼ということですね?』

 ヨルトは明るく問いかけた。

『はい。先程までケンタッキー州のフランクフォートにいたことはわかっていたのですけど』

『そのお方は日本人ですか?』

 アサに目配せをするとアサはエレベーターに乗って何処かへ行ってしまった。

『はい』

『先程ですね、人違いとは思うのですけど日本人の女性が駆け込んできたので今保護をしているんです』

 話しているとアサが近づいてきたことに気がつき、受話器を押さえてアサに向き直った。

『どうだ』

『準備できました』

『なのでこちらに来ていただいて確認していただきたいのですが』

 再び受話器を話して耳元に当てた。

『そちらはシカゴ……ですもんね。えっ!あぁ、すみません。車で五時間程なので……明日向かいます』

『承知いたしました。それでは明日、お待ちしております』

 声だけで営業スマイルをして受話器を置いた。

『明日だ。用意しろ』

 踵を返して去っていくヨルトの背中に向かってアサはお辞儀をした。

『分かりました』

 椅子に腰をかけて、正面のキーボードを叩き始めた。

 

 明日八時に集合せよ

 最後の勧誘を開始する

 万全を期すように

 

 送信ボタンを押した。メールは世界中の能力者に送信され、それぞれのスマートフォンが『それ』を告げた。

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