第14話
十四
東京都 明治大学 十時三十三分
「ご迷惑をお掛けしました」
伊藤は深々と頭を下げた。
「いえ、頭を上げてください」
三村はとても心を締め付けられた。様々な後悔が頭をよぎる。
「駄目です。僕は貴方達に酷いことをした」
更に頭を下げた。
「酷いことをしてしまったのはこちらの方です。だって、あんな新聞見せなければ」
三村も頭を下げた。
これはお互いの意地と意地のぶつかり合いだった。両方とも自分が相手よりも悪い事をしたと考えている。これは第三者が介入していい話では無いと、花澤は早くから気づいている。扉は閉めているが、気配で感じるのかゾロゾロと人が集まってきた。
「——こんな時……」
あの人だったら。上手く仲裁出来たのに。そう考えているとほんの小さくだが、ノイズの様なものが聞こえてきた。異変に気づくと頭だけを動かして辺りを見た。特に異変はない。異変といえばいつの間にか伊藤は床に頭を擦り付けていた。伊藤も罪の意識からあれだけ人を避けていたのだから、人一倍自己嫌悪に陥りやすいのだろう。
ノイズは更に大きくなっていく。
それはいつしか人の声になってきた。聞き覚えのある声だ。
「左院!」
左院だ。左院がテレパシーで俺に語りかけてきている。急に花澤が大声をだしたので二人はお互いに顔を見合わせている。思考が追いついてきたのか伊藤は花澤に駆け寄った。
「左院さんか?左院さんから何か来たの?」
その声は花澤にしか聞こえていない。なので花澤は脳内に響く声をかいつまんで口に出した。
「助けてだって。今、ケンタッキー州?!なんでそんなとこいんだよ。え?奴らがって、誰だよ」
まるで見えない友達(イマジナリーフレンド)と戯れあっている様に見えるが花澤は至って真面目だ。
「お、おい。どうしたんだよ。おい!返事しろって」
部屋の外の生徒たちは怖くなったのかまばらに部屋を離れていく。
「どうした?左院さんに何があったの?」
伊藤がとても心配そうに聞いた。三村も心配そうだがその奥にある興奮を抑え込んでいる様に見える。
「いや、分からん。あいつは今ケンタッキー州にいる。ただ、何かに追われているらしい」
「早く助けに行かないと」
「でもアメリカだぞ」
「そっか。そうだよな」
頭の中でどんどんと出てきた案が却下されていく。すると三村が徐に箪笥を開き、中から鉄製の箱を取り出した。両腕で抱える様に持ち、机に置いた。
「何ですか?これは」
「これはですね」
話しながら棚に近寄ると棚の上に手を伸ばした。懸命に背伸びをしてそこを探っていると手の影響で埃が宙に舞った。つま先立ちでカニ歩きをして探っていると手に硬い感触を覚えた。その物体を手に取り背伸びをやめた。手には小さな鍵が握られている。その鍵を机に置いた箱に差した。それは金庫だった。鍵を回すと蓋を開けてみせた。
「これはちょっとしたへそくりみたいなものです」
中にはパンパンの茶封筒が入っている。見た目からして二、三百万ほど入っている様に見える。
「結構な大金じゃん」
「何かあった時用に用意していたんです。例えば調査費用や検査費用などに当てていたんですけど」
部屋に飾ってある独特な雰囲気の置物や書籍に目を配りながら語る。
「検査って言ってましたけど、どこか悪いんですか?」
伊藤の心配が三村の壺を突いた。
「違いますよ。例えばですけど、超常現象とかが起きた時のその場の磁場の測定だったりそれを観測した人の脳波を測定するっていう意味です」
「あぁ、何だ。良かったです」
伊藤は胸を撫で下ろすと聞いた。
「何でこんな大金を出したんですか?」
あまり一度にこんな大金を見たことがないので、伊藤はなるべく茶封筒を見ないようにした。
「これで渡米します」
それを聞いて二人は不安に駆られた。アメリカに行くのはそんなヒョイヒョイできることではないからだ。過去に卒業旅行でハリウッドに行こうとしたことがあった。その時は二年間の生活を節約し過ごして、やっとの思いでアメリカに行くことができた。
「貯金あったかな?」
これまでの記憶を辿ってみる。この一週間の印象が強すぎて何一つ思い出せなかった。
「お二人の料金は私が出しますよ」
「いえ。駄目です。迷惑をかけて更にお世話になるなんて。自分のは自分が払います」
それを聞くと三村は首を横に激しく振った。
「いいえ。大丈夫です。私は感謝してるんですから」
感謝?それを聞いて伊藤は不思議に思った。
「感謝?な、何にですか?自分はずっと三村さんに花澤に迷惑をかけてばっかだったのに」
「伊藤さん。花澤さん。お二人は私に光をくれたんです。いつもいつも、本当かどうかは疑わしいようなものをただただ研究するだけだったんですけど、あなたたちは私に本物をくれたんです。だから何も出来ない私にはこれだけはやらせて下さい」
まさか感謝されているとは思わなかった。
「というか、その、素朴な疑問なんですけど。伊藤さんて水の上を走れないんですか?」
花澤はハッとして伊藤を見た。
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