第12話

   十二

     アメリカ シカゴ 十三時五十六分

 巨大なビル群の一角に佇む小規模な建物がある。それは何処となく新しく異様な雰囲気を醸し出している。六階建てのその建物は全面ガラス張りで入り口には花崗岩で作られた社名入りのオブジェクトがある。磨き上げられた表面は滑らかで昼間のシカゴを鏡の様に写している。地球を模したオブジェクトの内の太平洋の中心に巨大な大陸があり、その上に[PEACE]の文字が立体で設置してある。青いネオンに照らされているその建物の目の前を横切る人々の中に黒いスーツを着た男が一人混じっている。男は人の流れを横切りながら建物に入っていく。鉄で出来たドアハンドルは気温と相まってひんやりしていて気持ちが良い。涼しいロビーには普通ある受付が無く、目の前には二つのエレベーターと両手の壁には階段がある質素な作りになっている。右のエレベーターに乗り込むと最上階のボタンを押した。六回ベルが鳴るとドアが開いた。ドアはそのまま社長室に繋がっている。社長室はワシントンにある大統領室と一つを除いて瓜二つである。それは床だ。床には巨大な世界地図がある。この世界地図も入り口のオブジェと同様に太平洋の真ん中に巨大な大陸が描かれている。着ているスーツを脱ぎワイシャツ姿になると椅子に座った。それと同時に固定電話の着信音がなった。応答すると秘書の声が聞こえてきた。

『社長。彼からお電話です』 

『彼か。よし、繋げてくれ』

 音が途切れるとすぐにまた聞こえる様になった。

『グランデさんですか?分かりました。私も加わります。いえ、加わらせて下さい』

 急ながらも諦めた様な声だ。

『バレてしまったんですか。トンプソンさん。今どこにいるんですか?迎えをよこします』

 グランデは冷静に聞く。

『今ですか?今は…………コンガスの市役所の近くです』

『分かりました。少々お待ちください』

 電話を切ると8番を押して再び電話をかけた。

『コンガスの市役所だそうです。お願いします』

 電話を受けた女性は返事をし電話を切った。

 

 天然パーマの黒人女性はすぐ隣にいる体毛の無い丸まった身体の男に伝えた。すると男は頷き手を差し出した。女性は手を握ると忽然と消えてしまった。

 

     モルドバ コンガス 二十時五分

 インスタントのスマートフォンを不安気に握る男がいる。モーティ・トンプソンだ。辺りをキョロキョロと挙動不審になっている。すると突然先ほどまで無かった人の気配を感じ背筋を伸ばした。

『トンプソンさんですか?』

 背後から名前を呼ばれて小さい悲鳴を出してしまった。ゆっくりと振り向くと黒人女性と障がい者の二人が並んで立っている。

『は、はい。そうですけど。貴方達は?まさかグランデさんの使いですか?』

 やっと助けが来たと思い少しホッとした。

『はい。そうです。それでは手を』

 トンプソンは手を差し出した。ただ、女性が手を握らないので不思議に思った。トンプソンの手に影が迫る。その影は手をがっしりと掴んだ。声にならない悲鳴を出してしまった。カラッとしたその手はそこまでの生気を感じられない。


『どうも、トンプソンさん』

 見慣れない高級そうな部屋が目の前に現れ、相談に何度もなってもらった声が聞こえて不思議な感覚に陥った。握っている手を強く握ってしまいボキッという鈍い音が鳴ってしまった。

『あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい』

 その手の主に平謝りをしているとグランデがそれを諭した。

『大丈夫ですよ。アサ。シスターを呼んでくれ』

 黒人女性はすぐさま背後のエレベーターに乗り込み扉を閉じた。

『それではトンプソンさん。入会というとで宜しいですね』

 トンプソンはグランデに向き直った。

『はい。大丈夫です』

『それでは制御の仕方について考えていきましょう』

 向かい合った低いソファにトンプソンを誘導する。間のテーブルには冊子が置いてある。

『ではこちらを』

 冊子を向こうにずらす。

『貴方のお力なんですが、炎となりますと貴方を含め周りにも被害が及びます』

 包帯を巻いた首元を見る。

『はい。だから消していただけるんですよね』

『いいえ。我々はそのお力を社会貢献に利用できると考えております』

 予想していた答えが返ってこなくて拍子抜けしてしまった。

『じゃあどうするんですか』

『だから制御をするのです。ただし、痛みも伴わず道具も使いません』

『制御、ですか』

『我々は貴方の様な人を約二十人以上救ってきました』

 グラフを示しながら言う。

『二十人以上!そんなにいるんですか。確かに他にもいるって言ってましたけど』

 冊子を読む手を早める。

『それじゃあ制御はどうするんですか?』

 冊子の中に答えがあることに気付く。ただ、この方法は今までに見たことのない方法だった。

『本当にこんな事でできるんですか?』

『大丈夫です。その第一人者は村中博士という有名な博士です』

『村中ってあのワクチンを開発した人ですか』

 ヨーロッパの人々は彼によって救われた。約三年前にヨーロッパ全域で起きた感染症に対するワクチンを作成した、全ての人に無償で提供した彼はノーベル医学生理学賞を受賞した。

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