第11話

   十一

 沢山の人の悲鳴が聞こえる。

 一目散に逃げていく。

 人々の背後には家々の瓦礫と、それを押し潰している巨大な緋色の筒状の物体が見える。

 伊藤はそれに見覚えがある。

 右を見ると瓦礫の下敷きになった人を助けようとする男性達。左を見ると非難を促す消防署の人達。絶え間なく、響き渡るサイレン。その音がどんどん大きくなっていく。誰もサイレンの音が大きくなっていることに気づいていない。気づくことすらできない。なぜなら、突如現れた巨大な緋色の筒状の物体に日常を壊されたのだから。

 伊藤は目を覚ますと枕元に置いてある洗面器を手に取った。その洗面器に向かって勢い良く吐き出した

 あれから三日たった。自分たちにとっても他の人々にとっても何もかも変わった。

 

「この後どうします?」

 三村が戸惑いながら聞く。

「どうするって言ったって、ホテルに一旦戻るしかないだろ」

 サイドミラー越しに宇宙船を確認しながら花澤が言う。

 幸いにも三村と花澤が言ったようなメン・イン・ブラック的な存在は自分たちを追ってきている気配は無かった。来た道を急いで戻って行く。

 やっとの思いで雫石プリンスホテルに着くと三人は一斉に息を吐いた。車から降りると靴の中に入った小石などを近くの植え込みに捨ててもう一度念入りに服に付いた汚れを払い落としてロビーに入って行った。

 ロビーは今までの自然の中とは打って変わって人工的な造形になっている。壁一面は白いタイルで覆われており、低い天井ながらも広々とした空間になっている。フロントでカードキー型のルームキーを受け取るとエレベーターに乗り込んだ。エレベーターに乗り込むと後から男女のカップルが乗り込んできた。男の方が階のボタンを押し、扉が閉まると女が男の腕に抱きついた。男は余った腕で女の頭をポンポンと叩くと女は嬉しそうな声を上げた。花澤を見ると階数が表示されている液晶をジッと睨んでいる。

 身体にかかるGが小さくなると伊藤らを乗せた鉄の箱は静止した。直後、扉が開くと花澤がいち早く降りた。それに続き三村、伊藤の順で降りると後方で男がボタンを押し、扉が閉まった。扉が閉まり切る前に女は男にキスをした。それに三人は気づいていない。

 白いドアの前に来ると三村がもう一つ奥のドアの前に移動した。手に持ったルームキーをドアノブの上にある黒いクリアパーツに翳すと電子音が鳴り解錠された。

 部屋に入るとすぐ近くのクローゼットを開き着ていたスーツと花澤から手渡されたスーツを備え付けのハンガーに掛けた。花澤は窓の近くの藤色の椅子に座っている。伊藤も壁沿いの白色のソファに腰を下ろし息を吐いた。

「どう思う?」

 花澤が目を開けずに聞いた。

「何が?」

 色々ありすぎてどれについて聞いているのかわからなかった。

「全部だよ。全部」

 全部か。

「映画みたいな出来事だよ」

 非日常的だった。それだけで何もかもが説明できる。

「あの男。怪しいと思わないか」

 手に持った名刺を伊藤に手渡す。

「何これ」

 装飾の入った名刺をまじまじと眺める。

「そうか。お前いなかったか。変な外人と会ったんだよ。お前が消えてる間」

 聞いた話を想像してみる。

「で、その外人さんがなんで怪しいのさ?」

「だってそうだろ」

 目を開き、身体を起こしながら言う。

「外人が来るのはせいぜい都会か有名な観光地だろ」

 確かにここ雫石町は失礼だがあまり有名では無い。

「だったら電話してみれば?番号書いてあるし」

 電話番号を示して見せる。

「それ日本の番号じゃないだろ」

「外国の電話ってどうやってかけるのかな」

 Googleで検索をした。

 すると伊藤の顔がみるみる青くなっていく。

 スマートフォンをスクロールする指の速さが増していく。そんな伊藤を花澤は不思議そうに見つめる。

 伊藤の呼吸がどんどんと荒くなっていく。

「おい、どうした」

 心配そうに言う。

「顔色が真っ青だぞ」

 震える右手でスマートフォンに表示されているネットニュースを花澤に示す。

「これあれだよな」

 そのネットニュースには被災地のような写真を一面としてさまざまな文章が書かれている。

 

   [東北で謎の物体による大災害]

   二千二十三年八月十五日十一時十八分ごろ秋田県仙北市田沢湖玉川付近の南玉川温泉湯宿はなやの森付近から岩手県盛岡市てんぐの里付近にかけて謎の未確認巨大物体により壊滅的な被害を受けました。

   今確認できる限りでは死者は千五十三名。負傷者は千三名。行方不明者は百七十名盛岡市では現在自衛隊による保護活動や捜索活動が行われている。

   未確認巨大物体は突如現れ地方中枢都市に多大なる被害を与えた。  

 記事はまだまだ続いていたがこれが何によって引き起こされたのかは一目瞭然だった。

「あの宇宙船がやったのか」

 どうする。そう言いながら伊藤の方を向くと伊藤はいなくなっていた。

「またあいつ。どうすんだよ」

 彼自身もどうすれば良いのかわからなかった。ただ、まずは現場に行かないと。その思いが彼を突き動かしている。

「俺の……せいか——

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