第8話
八
そばかすが頬にある西洋人の青年はキョトンとした顔で二人を見ていた。そんな中で花澤は眉間に皺を寄せていた。
「英語喋れない」
ぼそっと口からこぼれてしまった。それは三村の耳には届かなかった。どうしようという不安な気持ちでいっぱいな花澤を横目に三村は流暢な英語を話し出した。
「Sorry.Never mind」
その場にいる全員はこの意味を理解している。なんでもないよ。三村はこのことを誤魔化す気だ。
「I see. But what are you doing in the mountains like this?」
青年は眉間に皺を寄せて聞いた。
「Uh, I'm just looking for something.」
言葉に詰まりながら誤魔化した。花澤は呆れている。探し物ってそのまんまじゃん。
「I see. Can I help you if you don't mind?」
「fine. not to worry. Enjoy your hike.」
青年が背負っている大きなバッグに目配せしながら言う。青年は納得した様な顔で背中のバッグを下ろし、バッグの中に手を差し込んだ。中を覗きながら何度がゴソゴソと漁っている。何か欲しいものが見つかったのか嬉しそうに腕を引き抜く。その手には四角いアルミ製のカードケースの様なものが握られていた。それを持って二人の前に急足で向かうと、カードケースから二枚の紙製のカードを取りだり差し出した。それは名刺だった。名前らしきものが中央に筆記体で描かれておりその上下には金色の縁取りが施してある。その名刺の裏には様々な言語で『ピース』と印刷してある。
「This is also for some reason.
Call me here if you have any trouble.
I will consult with you about anything.」
名刺入れを持っていなかった三村は花澤にそれを託して返事をした。
「Thank you very much.
I have a question, but what is a piece?」
指でブイの字を小さく作って聞く。
待ってたと言わんばかりに笑顔で青年は答えた。
「It's just a social service company.」
社会奉仕ね。花澤は偏見を交えて疑問に思った。青年は言い終えると元来た道に向き直りバッグを背負って行ってしまった。最後に手を振って青年は視界から消えてしまった。手に持った名刺に目を落とす。筆記体の英語を読めない花澤は三村に読めるのかを聞いた。彼女いわく、フェルマン・ラブグッドと書いてあるらしい。
「でも変なんですよ。電話してって言っているのに電話番号らしきものが全く書いていないんですよ」
改めて名刺を確認しながら言う。うーんと唸っていると花澤が声を上げた。
「っていうか伊藤だよ」
完全に忘れていた自分を卑下しながら見えない宇宙船の入り口があるであろうところに目を向けた。目線の先にはなんら変わりのない木々が広がっている。時計を見ると伊藤が消えてから二十分経っていることを分針が示している。
十分前
時間が経つにつれ不安と恐怖が増してくる。何処をどう調べても自分が入ってきた場所に繋がる手掛かりが無かった。皆無だった。あぁー!と叫びを上げても船内に永遠にも思えるほどこだますだけだった。一刻も早く出なければ。それしか考えていなかった。不思議に懐かしさを覚えるのがさらに恐怖を増大させていく。あざになった肩を押さえながら長い廊下を歩いている。
広場に出ると見慣れたベンチが伊藤を迎えた。座面が一メートル以上と高く、背もたれは崖の様に更に高い。助走をつけて超高速に入った。壁に右足を付き、次に左足を付くと伊藤の体は落ちることなく壁に垂直に立っている。そのまま座面がある高さまで歩き、座面に体育座りをした。
「こういう時こそ冷静にならないと」
震えながら呟くその言葉は恩師の言葉だった。スーツの内ポケットをさすりながら目を閉じた。この先に何が待っているのかを考えながら。
外で待っている花澤と三村は辺りを探索する事になりGoogleマップを頼りに行動している。関東ではあまり嗅がなかった草の香りを堪能しながら草の裏や木陰を調べた。何もないことはわかってはいるが何か手がかりを求めて下がり回った。伊藤とは違い能力が無いので探るのに時間がかかってしまう。
「やっぱり何も無いですね」
辺りをマップと見比べながら三村が言う。
「でも近くに宇宙船があるなら何が影響があってもおかしく無いだろ」
広葉樹の葉を触りながら反論した。澄み切った空気とは裏腹に辺りには切り詰めた空気が漂っている。
伊藤は覚醒状態と睡眠状態の狭間の様な場所を彷徨っていた。閉じた瞼の裏には伊藤には見覚えのない記憶が投映されている。
冷えた室内に体には感覚というものがなかった。目の前には鉄の壁のみがあるだけで外の様子が全くわからなかった。何処かで理解しているのがここには自分一人しか残っていないということだ。
目を覚ますとほんのり明るかった室内が暗闇に閉ざされていた。
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