第9話
九
外でも同様に異変が起き始めていた。
それに最初に気がついたのは森の動物達だった。
鳥は鳴き、飛び立ち、狐と狸は逃げ惑い、鼠は巣へと駆け戻っていく。
その異変は花澤と三村にも伝わっていた。当たり前だ。
その次の瞬間、遠くから何かが押し潰され砕ける音が聞こえてきた。その音はどんどんと近づいてくる。
その方向を見ている二人の瞳には別の異変が映っている。
目の前の自然がどんどんと霞んでいくのだ。
二人はどんどんと後退り背後の木にぶつかってしまった。
その出来事はこれまでに体感したことのない騒音と共に辺りを壊滅させていった。
「「宇宙船だ」」
呆然と見ることしかできない二人の口から漏れた言葉だった。
木が押し潰され、その破片や圧迫された空気が周りを吹き飛ばした。それは二人も同じで茂みの中に吹き飛んでしまった。体を打ち悶え苦しむと同時に肺に土埃が流れ込んできた。
落ち着いたと思ったのに。整った呼吸が再び波をたてた。一メートル以上ある座面から飛び降りて足で着地をした。膝の痺れを摩って取っ払った。
辺りを見回していると船全体が揺れ始めた。立っていられないほどではないがとても大きい揺れだった。
遠くの方から重い物体が落ちた音が揺れる船内にこだました。胸を撫でて呼吸を整えることを努めた。
音がした方へ走っていくと五メートル以上の巨大な扉が姿を現した。
「さっきはこんなの無かった」
怯えながらも扉に手を触れると細かい針が手を突き刺した。学生の頃に掌にシャーペンを落とした時の痛みに近かった。大袈裟にも大きな声で痛みを表現してしまった。
直後、扉は青い光を放ち始めた。でもその光はすぐに収まり一秒も経たずに消えてしまった。伊藤はその扉に目が釘付けだった。再びその扉に手を触れても扉に変化は無かった。
少し観察していると浅い溝が扉の中央を縦に分断しているのに気がついた。その溝に指を入れて外側に力をかけた。いくら踏ん張っても扉が開くことはなかった。
扉を眺めているとふとある考えが浮かんできた。
「ここが暗いなら外の光が入ってきて目立ってるんじゃないか?」
そう思い立ったら超高速で探し始めた。
木の葉が覆い被さり土で汚れた体を起こし辺りを見回した。口の中には少量の土が入っていて、不快な味がした。できるだけ全ての土を吐き出し三村の元へ駆け寄った。
「大丈夫か」
地面から突き出す様にして生えた木の根に乗っかる様にして気絶している三村の肩を掴んで揺すった。
返事が無い。
花澤は三村の左手を首に掛け、右手で三村の体を支えて起き上がると根から下ろして近くの地面に仰向けに寝かせた。口元に手をやると微かに空気の流れを感じ、胸を撫で下ろした。全身をに目立った傷は無く眉をひそめて目を閉じている。振り向くとそこには映画の中でしか見たことのない光景が広がっていた。
日光を受けてまさに今磨かれた様な外壁は緋色に眩しく輝いている。五十メートル以上の高さの宇宙船は森の中だと異質でしかなかった。それは都会でも海でも砂漠でも地球の何処にあっても異質でしかない。花澤の口からは圧巻の声が漏れている。その洗礼された美しさを放つ宇宙船に心を奪われている。
宇宙船は縦は五十メートル以上、横は五十キロ程で一方の端は滑らかな円錐となっておりもう一方の端は折れた様になっている。だがその断面は不透明な泡の様なものに覆われており中を確認することはできない様になっている。外壁には窓の様な装飾や錆など一切無く、まるで緋色のゆで卵の様だ。
花澤はゆっくりと近づき恐る恐る手を伸ばした。手を触れると鉄独特の冷たさが手に伝わってきた。先程までは触れるのことのできなかった宇宙船に触れることができて、胸の内に何か膨れるものがある事に気がついた。
探し始めて直ぐに懐かしいものを目にした。今までの疲れがどっと流れ込んできて目が潤んできた。
「外だ」
その眩しい日光に向かって走り始めた。
鼓動が早くなる。
逆光が強く外の様子がわからなかった。だがその温かい光に体が包まれた瞬間に外に出たのだと確信した。
少し離れたところから何かが落ちて土の上を転がる音が聞こえてきた。それは伊藤が宇宙船に入って行った入り口がある方向だった。三村を担いで音がした方向へ行こうとした。が、意識のない人はとても重いことを知らなかった花澤は担ぐのを断念してしまった。三村を今はそのままにしておき、音のした方に向かう事にした。
走っていると人影が見えてきた。
それは約三十分ぶりの再会だったがとても懐かしかった。
「伊藤!」
伊藤は花澤の走る足音と自分の名前を呼ぶ声に気付いて左を向いた。伊藤の元に着くと花澤は息を切らしながらも両肩を抱いた。
「久しぶり」
花澤の突然の行動に驚きながらも久しぶりの花澤の顔と声を聞けて、とても嬉しかった。
「いやー久しぶり」
花澤の肩をポンポンと叩く。
「そうだ、向こうで三村が気絶してるから」
思い出した様に言う。三村がいる方向を指差した。
「ってか、めっちゃ汚れてるじゃん。何があったの?」
土まみれのスーツを見て言う。
「あぁ。宇宙船が見える様になったら、なんかこう、木とかが飛んできて吹き飛ばされちゃった」
手で表しながら話した。
「じゃぁ、ついてきて」
久々の外の空気を吸いながら走っていると木の枝や葉破片などが宇宙船から離れて散在しているのが確認できる。
少し走ると倒れている三村が見えてきた。
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