第6話

   六

 伊藤だけが触れるその壁は一キロメートル以上続いていた。その場所には似合わないほどに異様だった。その伊藤にしか触ることのできない、正体のわからない壁を目の前にして三人は憶測を飛ばしていた。

「バリヤードみたいに壁を作る能力者がこれを作ったんじゃないのか?」

 木にもたれながら花澤が言う。

「次元の断層とか、見えない巨大な何かがあるのかも」

 さわれない壁を一生懸命触ろうとしながら三村が言う。

「宇宙……船」

 無意識のうちに伊藤が呟く。宇宙船。自分でも何故その言葉が出たのかわからなかった。二人が一斉に伊藤を見た。

「いや、わかんないかんね」

 本当のことだった。が、二人は次々に質問してきた。

「なんで宇宙船だと?」

「何か知ってるの?」

 そのほとんどが伊藤の想像していた質問だった。

「わからないよ。知らないうちに口から出てたんだから」

 戸惑いながらも否定した。

「宇宙船なら」

三村が探偵の様に話し出した。

「これはステルス機能を持っていることになります。そして、宇宙船であるのなら何処かに入り口があるはずです」

 自分の口からポロッと出た言葉がここまで大きくなるとは思わず気が引けていた。

「じゃあその入り口を、伊藤」

 急に名前を呼ばれて背筋が伸びた。

「軽くでいいんで探してきてくれ」

 予想はしていたので二つ返事で了承した。

 深く息を吸い込み、力んだ。すると花澤と三村の動きが極端に遅くなり、一瞬後ぴたりと静止した。そして伊藤は見えない壁を伝う様にして歩き出した。十メートル歩いても景色が変わるだけで透明な壁に変化は無かった。百メートル、五百メートル調べても結果は同じだった。変化がない為考えているととある事を思い出した。

 先月、花澤に誘われ花澤の趣味の映画を観ることになった。いつものことなので慣れた手つきで花澤家の一室に入っていった。シンプルな廊下から一転してブックオフやGEOの様にDVDが壁を全て覆っていた。いつ見ても圧倒される大量のDVDの中から少し迷って一つを取り出した。そのSF映画(覚えていない)を持って部屋を出るとその白さに驚いた。先程の部屋はカーテンが閉められ壁が見えないほどDVDがあった為、壁紙が白く昼だった事を忘れていた。階段を降りると花澤がマイクポップコーンの袋を開け、机に並べているところだった。

「お、今日はそれを観るのか」

 DVDのパッケージを見てあたかも初めて観る様に言った。あの部屋に並べられているDVDを全て観たらしいが、いつ観ても新鮮な反応をする花澤を見て伊藤は感心していた。

 映画は宇宙人と人間の壮絶なバトルを描いていた気がする。その中に出てくる宇宙船には円形の回転しながら開く扉が出てくる。その扉は隣にある液晶をタップして開く仕組みだった。

 伊藤は壁を摩りながら横に移動していった。

 五十メートル程移動すると指先に微かな違和感を覚えた。それは小さな溝の様だった。溝に沿って外れない様に探ると円を縦に分断し、その断面が左に来る様にした半円の中の直径に垂直に横線が引かれ、円周との接点に小さい円がある模様があった。それを見失わない様に左手をその模様に触れる様に固定して、その模様の左右上下を右手で探った。案の定右側に新たな別の模様があった。それは分断した断面が上に来る様にした半円の上に小さな円のある模様だった。またその右には断面が左に来る半円の右上の円周上に小さな円が重なっている模様があった。それ以外には何も見つからなかった。伊藤は忘れない様にノートに書き込み二人の元へ急いだ。

 その模様を見ると三村は頭を軽く叩いて何かをぶつぶつ呟いていた。何を言っているのか耳を澄ましてみると過去にこの様な模様を見たことがあるらしく思い出そうと唸っている様だった。花澤は伊藤と透明な壁にあった模様の用途について話し合っていた。

「その溝に合う、なにか道具があるんじゃないか?」

 花澤は謎解きゲームをしているかの様に言う。

「宇宙船だとしたら宇宙人の使ってる文字とか?」

 頭にはてなを浮かべながら伊藤が言う。

「今思ったけど……宇宙船ってUFOだろ。ってことはUFOに触ったのって……人類初めてじゃないか」

 そうなのか。最近は驚きがありすぎて感覚が麻痺していた。

「そっか。そうだよな。よっしゃー!」

 伊藤は大きくガッツポーズをした。花澤は伊藤を羨ましそうに見つめていた。まだ三村は唸っている。

「そ、そうだ。感触聞いてなかった。どんな感じだった?」

 感触か。伊藤は触った時のことを鮮明に思い出した。

「冷たかった。それでもの凄いくらいツルツルしてた。やっぱり感触的には鉄に似てたかな」

 それを聞いて花澤は納得した様な顔でやっぱりと言った。

「こんな山奥に鉄なんてあるはずがない。ましてやお前しか触れないとなるとやっぱり能力に関係があるんじゃねぇか」

 突然三村が大声で叫んだ。

「カタカムナだ!」

 三村の声に驚いて二人が同時に身をすくめた。

「ど、どうしたの?カタカムナって何?」

「その模様というか文字というかがカタカムナって奴なのか」

 三村は自信ありげにカタカムナについて説明をした。

「カタカムナというのは、カタカムナ文書に記されている文字のことを言います。その文字自体に言霊と言われるパワーがあるんです。文字なので勿論他の文字と交わることで意味をなすんですけど、カタカムナはその文字単体で意味をなします」

 ノートに記されたカタカムナを指で示し説明を続ける。

「まず一文字目。これはヒと発音します。意味は根源から出たり入ったりするという意味です」

 二つ目の文字を指で示す。

「次にこれはラと発音します。意味は場という意味です」

 三つ目の文字を指で示す。

「最後にこれはクと発音します。意味は引き寄るという意味です。全てを通して読むとヒラク。開くという意味です。なのでその近くに入り口があるはずです」

 それを聞いて花澤は疑問に思った。

「出たり入ったりする場で入り口はわかる。でもなんで引き寄るがあるんだ?」

 三村は痛いところを突かれたように答えた。

「カタカムナは完全には解読されていないんですよ。でも日本語の言葉には言霊が全てについていたんです。その元がこのカタカムナなので今の日本語の読みで意味は通じると思うんですがねぇ」

「じゃあ今からそのカタカムナがある壁の周りを調べてみますよ」

 花澤は少し引っかかることがあることに気がついた。

「お前、壁とかカ、カタカムナ?は見えないんだろ。目印とか付けないと離れたとき分からなくなるだろ」 

 あ。

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