第5話
五
「は?」
「あいつどこだよ。どこ行ったんだよ」
左院の話が途絶え、エンジンの振動と音だけが車内にある。三人とも左院を直視していたのに、目線のどこにも左院の姿がなかった。まるでそこだけ編集でカットしたかの様に。左院が先ほどまでいた場所を伊藤は触るが、空を切るだけだった。
「テ、テレポーテーション」
三村が興奮気味に呟いた。先程までの温かい空気は一変し、怪しく冷たい空気が漂っていた。花澤は扉を急いで開き外に出た。外には他に車が一台あるだけで、左院のさの字も見当たらなかった。車内に戻ると伊藤が戸惑った表情で座っていた。左院と出会ったことが夢だった様に、自分たちは異世界に迷い込んでしまった様にポツンと取り残されてしまった。
雫石プリンスホテル322号室 二十時三十四分
先程の左院の謎の失踪を頭に残しつつも、少しでも疲れを落とし明日に備える為にベットに潜り込み、目を瞑る。三村は一人だけの部屋が今まで以上に恐ろしく感じだ。陰から見えない敵が出てきて、自分を見えない空間に連れていってしまうのではないかと考えてしまう。
隣の部屋では伊藤と花澤が話し合っていた。カロリーメイトを食べながら伊藤は落胆しながら答えた。
「この街には左院の姿どころか影も形も無かった」
不安とカロリーメイトにより、喉が渇いて仕方がなかった。
「テレポーテーションできる人がいる」
今わかることはこれだけだ。現に二人目の能力者が目の前に現れたのだから。
「もう夜遅い。今日は諦めよう」
苦虫を噛み潰したような顔で花澤は呟いた。伊藤は腑に落ちない気持ちで承諾した。
約二時間後
いくら経っても伊藤は眠れなかった。自分と同じ境遇の人間がいたことが嬉しかったのか、又は悔しかったのかはわからない。突風が渦巻き一瞬後、伊藤の姿は消えていた。
七時三十一分
花澤はよく眠れたらしく、起きた途端に特大の伸びをした。視界の端には疲れた顔をした伊藤が歯を磨いていた。一晩中探していたんだな。なんとなくそう感じた。
寝癖でボサボサになった頭を櫛で溶かしながら伊藤に聞いた。
「何処まで行ってた」
なるべく優しい言い方で聞いたつもりだ。
「日本中探したさ。海外も行こうとした。でも」
何故そこまでして左院を探すのか、自分自身でもわからなかった。
「海が……怖かった」
潮風が頬を優しくも強く撫でる。
海が波打つのを見ると鼓動が速くなった。
酸素を体が欲している。
でも、潮の香りの酸素を体に入れたくなかった。
月が海を照らし、自分を照らし、怪しく光っていた。
大きく息を吐き、大きく吸った。
潮の香りの酸素を肺に広げ、一歩を踏み出した。
百メートルは進んだだろうか。
海面の起伏が激しくなってきた。
さらに進むと起伏がより大きくなっていた。それを見上げていると激しかった鼓動が心臓がはち切れんばかりに激しくなった。
気づくと伊藤は砂浜で砂に塗れて横たわっていた。美しい夜空が心を落ち着けてくれていた。乱れた呼吸を整えながら帰路についた。
その後は一人でどんなことができるのか、花澤から貰ったノートにメモをしていった。
八時五分
部屋の鍵を閉め、ロビーへと向かった。ロビーに着くと三村が準備万端です、と言わんばかりの顔で立っていた。
「左院さんの件も気になりますが、今は一旦こっちの件に集中しましょう」
解せぬ気持ちでホテルを出ると、三人の気持ちと正反対に空は晴れ晴れとしていて伊藤の心に影をつくった。駐車場に移動すると停めてある見慣れた車に乗り込み、目的地へと向かった。全農東日本原種豚場へ。街を過ぎると深い山に入り、川に沿って山奥を進んでいった。二股に分かれた道の右を進むと田畑が見えてきた。再び右の道を進み少し行くと目的地が見えてきた。早速降りて辺りを調べようと思った。だが、道路を真っ直ぐ進むと行き止まりになっており、引き返すしかなかった。駐車場は先程通り過ぎたあそこだけとわかりUターンをして車を止めた。車を出るとひんやりとした空気が出迎えた。ここからは手探りだ。確証があるわけでもないが、伊藤は何か引くものがここにあると心の何処かで感じていた。
九時十三分
スーツでは森に合わないなと改めて確信した。晴れ晴れとしている為身体中の至る所から汗が滲み出ていた。いくら探し回っても何もない、と花澤は諦めていた。それとは裏腹に溌剌とした二人を見ていると、呆れた様な感心した様な気持ちになった。
「少しここら一体を調べてくるよ」
伊藤はそういうと二人の目の前から突風を伴い消えた。一瞬後突風が吹いて伊藤が現れた。
「やばいもの?があった」
少し焦った様な表情で言った。
そこは全農東日本原種豚場から五百メートル以上離れた森の中だった。ある地面の一点が捲れ上がっているだけでただの森だった。
「ここの何処にヤバいものがあるんだ」
不思議に思いながら聞いた。
「違うんだよ。こう、見えない何かが……壁があるんだよ」
確か。そう言いながら手を前に出し、ゾンビみたく歩いた。すると指先に固い壁の様なものが当たった。何度か確かめる様に指先で触り確認すると、手のひらでその壁を感じた。そこには当たり前だが目では何も見えない。ただ、森の草木の香りの中に鉄の様な匂いが僅かに漂っている。
「何やってんだよ」
花澤が近寄りながら言った。そのまま手を前に突き出し伊藤が触れている辺りを触ろうとした。それは空を切るだけで何かに触れることは無かった。
「な、なんもねーじゃん」
戸惑いながら聞いた。
「え、なんで。ここにあるじゃん」
確かめる様に何度もその壁を触った。
「「え?」」
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