第4話
四
「どうしたんですか。危ないですよ」
いち早く車を降りて駆け寄った伊藤は女性に聞いた。少し薄汚れているが上品な雰囲気が残っているその女性は戸惑いながらも答えた。
「あなたの秘密を知っている。あなたは……」
女性が言い終える前に伊藤に追いついた花澤が口を挟んだ。
「あんた誰だ。急に現れてこいつの秘密を知っているって」
確かに、と伊藤は思った。顔を顰めた女性は口を開いた。
「あなたには関係ないでしょう。伊藤さんと仲良いらしいですが」
三人は疑問に思った。どうして名前を。何かに気が付いたかのように口元を手で覆い隠した女性は、堰を切ったように話し出した。
「助けてほしいの。私もあなたと同じなの。伊藤さん」
重い空気が流れているこの場に空気を切るような光と音が響いた。車のライトとクラクションだった。クロスビーの窓から顔を出した男性がそこを退くように怒鳴ってきた。自分達がいる場所を確認すると道のど真ん中で話していることに気付き、四人はすぐさま男性に謝罪をし車に乗り込んだ。
「なんであんたも乗ってくるんだよ」
腑に落ちないながらも車を走らせ近くのコンビニに車を停めた。
「説明してもらうぞ」
振り向きながら女性に聞いた。
「まずあんたは誰だ。それにこいつと一緒ってどういうことだよ」
伊藤を指差して聞いた。女性は少し悩むそぶりを見せて話し始めた。
「私は……左院都姫。……テレパスよ」
その言葉を聞いた途端三村が声を上げた。
「テレパス。やっぱりいたんだ」
三人の目線が向いた。それに気付いた三村は恥ずかしそうに謝罪した。それでも下を向きながら小さくガッツポーズをした。
「まあな。クイックシルバーがいるなら、プロフェッサーxもいるだろ。よし。信頼してやるから、試してみてくれ」
信頼してないじゃん。伊藤は心の中でつっこんだ。左院はため息をつきながら左手小指をつまむ癖をしながらも渋々了承した。左院は目を瞑り、眉間に皺を寄せ念じた。花澤は耳鳴りがし始め耳の奥に違和感を感じた。その違和感の奥にモゴモゴとした女性の声があるのに気づきそれに集中し始めると、はっきりとした左院の声が聞こえた。
『馬鹿野郎』
「なんだと」
いきなり立ち上がったために天井に頭を強打してしまい、蹲ってしまった。痛みに悶えながらも左院の方に向き直り、怒った口調で言った。
「テレパスってことはわかった。ただ初対面の相手に馬鹿野郎は駄目だろ」
左院は花澤を無視して伊藤に話しかけた。
「伊藤さん。あなたがスピードということは知っているわ」
伊藤は何故左院が自分の力のことを知っているのかを考え、テレパスだからか、という答えに辿り着いた。
「左院さん。あなたのことは大体理解しました。それでさっきの助けてほしい、というのはどういうことですか」
左院は目を瞑り少ししてから目を開いて話し始めた。
「わ……私は丁度四年前の一週間前に、テレパスになったの」
二千十八年 福岡県福岡市十四時三十三分
風が強く、燦々と降り注いだ太陽が傾き始めた頃、一人の女性が一人の男性と向き合って話し合っていた。左院都姫だ。パステルカラーのワンピースには小花柄が施されており可憐で上品な印象を与えている。相手の男性はさっぱりとした印象を与える好青年で、シワひとつないスーツを着ていた。話している内容は他愛もないことだがお互いの今までやこれからどうしたいなどの、お互いを知る為の有意義な時間だった。話をする内にお互いは過去に一、二度感じたことのある感情が芽生え始めていた。
それからも話を続け、食事を共にして気づけば五時半になっていた。
「本日は本当に有難うございました」
お辞儀をすると、男の方も急いでお辞儀をした。
「いえ、こちらこそ。本当に楽しかったです。こんなに女性と意気投合したのははじめてでした。もしよかったら……」
スマフォを取り出しながら聞いた。
「連絡先ですね。是非勿論」
二人は少しごたつきながら連絡先を交換した。
「本日は有難うございました。それではまた」
小さくお辞儀をして帰路に着こうとすると男が呼び止めた。
「あの、送って行きますよ」
「そうですか。それではお言葉に甘えさせて頂きます」
三十分程するとパセオ通りに入った。車通りが多くなった為男は車道側をさりげなく歩いた。
「最近涼しくなりましたよね」
話題が尽きたのか気候の話をし出した。
「汗をかかなくなったのはいいことです」
歩みを進めていると左院は耳鳴りがし出して歩みを止めた。だが耳鳴りは徐々に大きくなっていき、蹲ってしまうほどになった。その耳鳴りは一定のリズムを刻み始め、仕舞いには鼓動に変わっていた。
「大丈夫ですか。ちょ、ちょっと壁際に寄りましょう。歩けますか」
そんな声は左院には届かなかった。鼓動は徐々に早くなり左院の鼓動と重なると、吐き気が突然込み上げてあまりの気持ちの悪さに左院は口の中の物を全て吐き出してしまった。目の前に撒き散らされた吐瀉物には昼に食べたステーキの一部が紛れていた。その光景を見た人達は心配そうに駆け寄り、人々が集まっているのを見て何事かと寄る人もいる中で男は靴にかかった吐瀉物を持っていたウェットティッシュでさも嫌そうに拭き取っていた。群衆の中の紳士な老人は左院にポリ袋を渡し、別のお婆さんは左院の背中を心配そうに優しく摩っていた。
胃の中の物を全て出し切った左院は男の待っていたウェットティッシュで口元を拭い、落ち着いてから周りの人に感謝と謝罪をしていった。気づくと鼓動は聞こえなくなっていた。男を探すと遠くの方で隠れるようしてスマフォを触っていた。突然頭を殴打したような感覚が襲い、頭の中に声が響いた。それは休日のフードコートの様に老若男女問わず全ての人の声がザワザワと聞こえる感覚だった。頭の中に響いている為いくら耳を塞いでも小さくなることはなく、人が心配して近づいてくるたびに声が強さを増してきた。
「やめて。近づかないで」
咄嗟に出た言葉がそれだった。
「あ、いや、そんなつもりじゃなくて」
はっ、と我に帰った左院は後悔をした。だが、そんな気持ちもなくなる様に、近くにいた老人たちは大丈夫だから、と優しく肩を摩ってくれた。
「何から何まですみません。お礼をさせてください」
そう言い終わらない内に老人たちは優しく微笑んだ。
「大丈夫だから。貴方は気分はどうだい」
ポケットティッシュを手渡しながらゆっくり立たせた。
「一緒にいた男の人の方に戻ってあげな」
「本当にありがとうございます。自分はこれぐらいしかできないですけど、何かあれば連絡してください」
名刺を全員に手渡して、男を探した。男は見つからなかった。
「あれ、そうだ」
スマフォを取り出して男に電話をした。しかし男は出なかった。左院は戸惑い、もう一度電話をかけた。またしても出なかった。とても困惑していると先ほどの老人たちが心配そうに見ているのに気づき、会釈をした。
「お困りの様ですね」
辺りを見るとさっきまで街中にいたのに見知らぬ海岸に立っていた。
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