第7話 2022年 潮騒の街 ④

 きっかけは、ごめんなさい、思い当たらないの。

 連絡のつく同級生にもそれとなく聞いてみたけれど、時期や理由はわからなかった。秋森さんは、いつのまにか様子がおかしくなって、気が付いたらはっきりと異常だった。

 急におどおどした感じになって、人と目を合わさなくなって。

 身なりも乱雑で、家には帰っていたのかしら、目に見えて不潔になっていった。体臭が分かるくらいだから、相当なものよ。

 柚野さんにも一切近寄らなくなった。一人でぽつりと自分の席に、石になったみたいにただ座っていた。それまで休みがちだったのに、なぜか学校にはきちんと来るようになったの。授業も決してさぼらなくなった。一人にならないようにしていたようにも見えたわ。だって、周りでみんながひそひそ言って、居心地はとても悪かったはずなのに、孤立しようとはしなかったのだもの。

 様子がおかしくなってきて、しばらく経ってのことだったかしら。

柚野さんが――プリントを渡すか何かで彼女に近寄ったら、秋森さんが柚野さんを突き飛ばしたの。

 

 ――近寄らないでよ!

 

 すごい剣幕だった、金切り声でね。柚野さんは尻もちをついてしまって、抱えていたプリントがひらひらそこら中に散らばったわ。

 

 ――約束したでしょ、あたしに近寄らないで!

 

 クラス中静まり返って。先生もあっけにとられていました。

「うるせえな。なんだよ」と強面の男子生徒が舌打ちしながら言うと、秋森さん、ものすごい形相で彼に向かっていってね。

 何を言っているのかよくわからなかったけど――、「もう嫌だ」「あたしは悪くない」と言っていたように聞こえました。

 鬼気迫るっていうのかしら。とても正気には見えませんでした。

 男子生徒が突進してきた秋森さんを避けると、彼女は勢い余って、頭から転んでしまって。それっきり動かなくなりました。

 頭のところから真っ赤な血がつーっと広がって、

 女の子たちが悲鳴を上げて、

 先生方が飛んできて――

 今でもたまに思い出します。

 白い床に真っ赤な血。本当にね、悪い夢みたいな光景。


 大したケガではなかったらしいの。

 額のところをちょっと切っただけで、出血は多かったけど大事には至らなかった。秋森さんはその場で気を失ってしまったけど、それは転んだ衝撃よりもむしろ栄養失調と寝不足からくるものだったみたいで、点滴を打ったらすぐ退院できたらしくて。


 その後のことは、あなたのほうが詳しいかもしれないわ。

 もしかして、今の話の内容くらいはとっくにご存じだったのかしら。だったら人が悪いわ、そうと言ってくれたら良かったのに。お時間を無駄にはしなかったのに。

 …ええ、お望みならもちろん話します。

 あなたも物好きね。


 秋森さんは退院して、でもご自宅には戻らなかった。

 そのまま姿を消してしまったの。

 彼女の消息が知れたのはそれから五年後――白骨化した左腕が発見されたの。

 生徒手帳だったかしら、持ち物も一緒に見つかって。

 DNA鑑定をしたら、ほぼ間違いなく彼女だったって。

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