第4話 2022年 私たちの敵

 みすぼらしい女、というのが第一印象だった。


 ベージュのチノパンにボーダーのカットソー、薄いグレーのサマージャケット。中途半端に染めた中途半端なセミロングに、大雑把な化粧。赤いフレームのメガネが「おしゃれしている」感じだけれども、全体的に手入れが行き届いていない。カットソーの胸元には薄いしみがあるし、サマージャケットの襟はうっすらと黄ばんでいる。ほうれい線に溜まったファンデーションの線。年齢は、40代初めから半ばといったところか。おもねるような笑いを浮かべ、そのくせどこか誇らしげな様子で、デパートの紙袋を差し出してくる。

「どうぞ、おみやげに。きょうのお礼にと思いまして。甘いもの、お嫌いでないといいんですが」

 マカロンです、とさりげなく付け足す。

「まあ、ありがとうございます。嬉しいわ。甘いものは大好きなの」

 それはよかった、とはにかんで微笑む。

 帰り道に、駅のごみ箱にでも捨ててしまおう。この女からもらったものを口に入れる気にはなれない。


 十年前の連続失踪事件を調べに来る人間を、私はずっと待っていた。

 それは十年後にやってくる。事件について探り出そうとしてくる――

 あの子はずっとそう言っていた。だから私は待っていた。


 お茶を女に勧め、自分も口に含む。香りのよい湯気が気持ちを落ち着かせてくれる。

 ――でも、本当にこの女なのかしら。

 もっと事件を調査する週刊誌の記者とか、ノンフィクションライターとか、いかにも抜け目のない人間がやってくるのだと思っていた。ほんのわずかな綻びも見逃さない目。どんな呟きも聞き逃さない耳。

 昨晩はうまく寝付けなかった。

 どんな有能で狡猾な相手が現れても、負けてはならないと意気込んでいた。緊張は朝の化粧にも現れ、鏡の中に出来上がった私は普段よりも眉やアイラインが濃く、きつい顔をしていた。

 それなのに、目の前に座るこのあか抜けない女は、少し話しただけで分かる――いかにも鈍くて平凡だ。

 私が話す当時の話を、うんうんと頷きながら熱心に聴いている。人が良くて優しそうな雰囲気を持っている。仕事は子供相手のインタビュアーだったか。確かに、子供も気構えずに話をしそうだ。その分野では案外仕事ができるのかもしれない。

 過去の事件を題材にした小説を書きたい、と言っていた。

 この女は、小説家志望に過ぎないアマチュアだ。これはとある出版社に持ち込む小説を書くための取材なのだという。つまり、せっかく書き上げて売り込んだとしても、うまくいかない可能性がある、というか普通はそんなことをしても相手にされないのではないだろうか。

「もしかすると、出版社の方が気に入らないということもあるのかしら? 私は詳しくはないのだけど――」と精一杯控えめにそう指摘すると、「そういうことになりますね。企画の段階では一応「面白い」と言ってもらってますけど、こういうのはタイミングもありますから――」と半端な業界人らしさをちらつかせながら困ったように微笑んで見せた。付き合わされる方はたまったものではない。

 しかし、状況はゆゆちゃんが言っていたのと同じだ。


 10年後、あなたに会いに来る人がいるはず。

 あなたの話を聞きたがる――あなたがどんなふうに事件を引きずっているのか、みんながどんなふうに破滅したのか、じっくり味わって愉しむために。何度もあなたを訪れて、しつこく話を聞き出そうとするはず。

 気を付けて。絶対に騙されては駄目。


 ゆゆちゃんは、大人しくて退屈で、害はないが刺激もない女の子だった――そう見せかけることに長けていた。

 本当は恐ろしく頭がよく、とんでもなく邪悪だった。内面には寒々とした荒野が果てしもなく広がっているような子だった。真っ先に肉親を、次には同級生を、次々と犠牲にして顧みなかった。彼女はたぶん、それが通常は悲しむべきことだということがよくわかっていなかったのだと思う。

 でも、私には優しかった。

 私だけは彼女の友達だった。

 記憶の中で、夕焼けを背にしたあの子が笑う。


 十年後、あなたに会いに来る人が、私を殺した犯人よ。

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