50話 花火

 エドワード殿下にお姫様抱っこされて、私達は人気のない場所までやって来た。

 彼は私の顔をじっと見つめてくる。


「……」


 何だろう?

 すごく視線を感じるんだけど……。


「あのぉ……どうしました?」


「いや、綺麗だと思って」


「……っ!」


 またそんなこと言って!

 まったく、王子ともなると口説き文句まで一級品だ。


「そ、そういえば、今日は何で祭りに来たんですか?」


 話題を変えよう。

 このままだと、恥ずかしくて死んでしまいそうになる。


「それは、もちろんイザベラとの思い出を作るためだ」


「へっ!?」


「俺はイザベラのことをもっと知りたい。そして、お前と楽しい時間を共有したいと思っている。だから、こうして一緒に行動しているんじゃないか」


「えぇっと……」


 なんと返せばいいのか分からない。

 こんな歯の浮くセリフを平然と吐けるなんて、この王子は相当なプレイボーイだな。

 でも、まぁ、私としては悪い気はしないけどね。

 …………。

 ………………。

 うーん、でも、なんか違う気がする。

 私が好きになったのは、こういう感じじゃない。

 私が求めているのは、もっとこう、情熱的で心の底から通じ合えるような関係であって、決してチャラ男とのお遊びではないのだ。

 乙女ゲームで色々な攻略対象との疑似恋愛を楽しんできた私だが、実際に付き合ったりするとなるとまた違う気持ちを抱く。


「ありがとうございます、エドワード殿下。その気持ちはとても嬉しいです。ですが、申し訳ございません。まだ自分の気持ちがよく分からなくて……」


「別に今すぐ答えを出す必要はないさ。王家からの婚約の打診を断るとは不敬もいいところだが、他ならんイザベラだからな。少しずつでいいんだ。お前のペースで考えてくれればいい」


 エドワード殿下はそう言ってくれたが、果たして本当にいいのだろうか?

 私がこの世界でイザベラとして生き始めてから、ずっとバッドエンド回避のことばかりを考えてきた。

 なのに、男の人との未来を考えても大丈夫なのか?

 それに、仮に彼と婚約したとして、私は彼を愛することができるのだろうか?

 正直なところ、自信はない。


「すみません」


「謝る必要などない。俺だって急かすつもりはなかったのだから」


「いえ、そういうわけではなくて……」


「ん?」


「実は私、今まで恋をしたことがないのです」


「そうなのか?」


「はい。ですので、自分がエドワード殿……エドワード様に抱いている感情が何なのかもよく分かりませんでした。ただ一つ言えることは、あなたと一緒に過ごす時間は悪くないということだけです」


「ふむ、そうなるとやはり婚約ということになるのだが……」


「あっ、違いますよ。あくまで友人としての好意という意味です。それに、カインやオスカー様にも同じ想いを抱いていますし」


「……そうか……。まあ、今はそれで構わん。それより……」


 エドワード殿下がそこまで言った時だった。

 ヒュルルルーという音が聞こえたかと思うと、突如ドーンッと大きな音を立てて夜空に大輪の花が咲いた。

 花火だ。


「おおっ、綺麗ですね」


「ああ、そうだな」


 二人で見上げた夜空には、色とりどりの大輪が咲き誇っていた。

 その美しさに思わず見惚れてしまう。

 しかし、私はあることに気が付いた。

 それは、エドワード殿下の顔だ。

 彼の顔を見てみると、なぜか頬を赤く染めていた。

 あれ?

 もしかすると……照れてる?


「どうしましたか?」


「いや、何でもない」


「そうですか?」


「……」


「……」


 しばらくの間、無言の時間が続く。

 花火の音、そして私達の心臓の鼓動だけが鳴り響いていたのだった。

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