10話 お前を俺の婚約者にしてやろう!

「ふうむ。まさかイザベラの畑があれほどのものだったとはな……」


 畑から屋敷への帰り道で、エドワード殿下が感慨深げに呟いた。


「恐れ入ります」


「あの作物には驚かされた。それに、ポーションの質も素晴らしい。イザベラは本当に何者なのだ?」


「侯爵家に生まれたただの娘です」


「ただの娘か。ふっ、面白いことを言う」


 私の答えを聞いて、エドワード殿下が笑みを浮かべる。

 何か言いたげだなあ。

 おそらく、普通の貴族令嬢は畑仕事やポーションの調合なんてしないと言いたいのだと思う。

 でも、私は普通じゃないからいいのだ。

 私達がそんな会話をしながら歩いている時だった。

 ガサガサッ!

 草むらの方から音が聞こえてきた。


「ん?」


 エドワード殿下がそちらを見る。

 すると、そこから魔獣が現れた。


「ガルルル……!」


「殿下! お下がりに!! お前達、殿下をお守りしろ!!」


 護衛の騎士達が前に飛び出して、剣を構える。

 エドワード殿下や私達アディントン侯爵家の面々に万一のことがないよう、護衛達は必死の形相で身構えている。

 次の瞬間、魔獣は騎士達に襲いかかってきた。


「グオオオッ!!」


「うわあっ!」


「なんだ、こいつは……ぐえぇ……」


 魔獣は護衛達の体を軽々と吹き飛ばす。

 結構な実力者が揃っていたはずなんだけど……。

 かなり強い魔獣みたいだ。


「殿下、危ないのでお逃げください。ここは我々でなんとかしますゆえ……」


「何を言っている。私は王家の人間だぞ? 臣下を見捨てて逃げるわけがあるまい。むしろ、私が奴を倒す」


「なりません。危険すぎます」


 エドワード殿下とお父様がそんなやり取りをしている間にも、魔獣はどんどん近づいてくる。

 このままでは、いずれ私達まで襲われてしまうかもしれない。

 それはまずいな。


「殿下、お待ち下さい」


「イザベラか。女のお前は下がっていろ」


「いえ、そういう訳には参りません。あの魔獣は相当に強いようですから」


「なおさらだろう。女に守られるほど、この俺は弱くないぞ!」


 エドワード殿下は強気だ。

 まあ、実際のところ彼はかなり強いはず。

 本人の努力もあるが、何より王族だけに適用される特別なスキルを持っているからだ。

 ああ、そういえば『ドララ』でもこんな展開があったような……。

 魔獣の襲撃を受けたイザベラ達を、エドワード殿下が颯爽と助けるんだよね。

 もちろん、イザベラはエドワード殿下に惚れる。

 そして二人は恋仲になるのだ。

 ……いや、ダメだよ?

 私は、今回の時間軸ではバッドエンドを回避する。

 エドワード殿下と恋に落ちたりなんかしたら、予知夢で見た断罪イベントが発生しちゃうもん。

 私はそんなの絶対に嫌だ。

 だから、ここは私が頑張らないといけない。

 私は、エドワード殿下に言った。


「殿下、ここは私にお任せを」


「イザベラに? バカなことを言うな。女を前に出させ、自分が後ろに隠れるような真似ができるか」


「……分かりました。では、私が前に出なければいいのですね?」


 私は彼の返答を待たず、一歩前に出る。

 そして、魔法を唱える。


「大地よ、我が呼びかけに応えよ。その力をここに示し、敵を穿つ槍となれ。【ストーン・ジャベリン】!」


 ドシュッ!


「ギャイン!?」


 私の放った魔法が魔獣に命中した。

 魔獣は悲鳴を上げて地面を転がる。

 だが、まだ死んではいないようだ。

 魔獣はすぐに起き上がると、私に向かって唸り声を上げる。


「グウゥー!!」


「ふうん、まだまだ元気そうだね。それじゃあ、もう一発いっとくかな?」


 私は手をかざし、再び詠唱する。


「水よ、我に仇なす者を貫く弾とならん。【ウォーター・ショット】!」


 バシッ!

 今度は水の魔法を放った。

 先程の魔法よりも威力は劣るものの、それでも魔獣を仕留めるのには十分なものだった。

 魔獣は地面に倒れ伏す。

 しばらく痙攣した後、動かなくなった。

 どうやら死んだらしい。


「ふぅ……これでよしっと。さすがに強かったけど、何とか勝てましたよ」


「イザベラ、お前……」


「殿下、大丈夫ですか? 怪我などされてはいませんか?」


「あ、ああ。お前のおかげで助かった。だが、今のは一体なんなのだ? どうして、あんな魔法が使える?」


「あれはただの土魔法と水魔法ですよ。攻撃魔法としては、大したことありません」


「そ、そうなのか? しかし、俺が知る限り、普通の魔法士ではあれほどの魔法は使えないはずだぞ?」


 あれ?

 そうだっけ?

 『ドララ』では、もっと強い魔法があったような……。

 いや、あれは主人公アリシア視点のゲームだからか。

 一般的な魔法使いの感覚では、今の私ぐらいの魔法でも十分過ぎる威力なのだ。

 うっかりしていた。


「畑仕事の副産物ですね。土魔法と水魔法だけは得意なのです」


 とりあえずこう誤魔化しておこう。

 実際には他の属性も使えるけどね。

 あんまり目立ってしまったら、エドワード殿下に目を付けられる。

 バッドエンドを回避するために、できるだけ彼には関わりたくない。


「……ふむ。よし、決めたぞ!」


 エドワード殿下が何かを決意したように言う。


「何をでしょうか?」


「お前を俺の婚約者にしてやろう! 感謝しろよ、イザベラ!」


「えぇ!?」


 何を言い出すんだ、この王子様は。

 私は思わず叫びそうになるのを必死に抑える。

 落ち着け私。

 冷静になるのよ。

 ここで取り乱してはダメだ。

 まずは状況を整理しよう。

 私はエドワード殿下に尋ねる。


「それはつまり、私と婚約したいということですか?」


「そういうことだ。喜べ、俺の妻になれば贅沢な暮らしができるぞ」


「申し訳ございません。お断りします」


 私はそう断言する。


「なにぃ?」


「そもそも、なぜ急にそのような話になったのでしょう?」


「それはお前が『面白い女』だからだ」


「はい?」


「俺はお前のような変わった奴を見たことがない。お前なら退屈しないで済みそうだ」


 なんということだ。

 『面白い女』ポジションは、『ドララ』における主人公アリシアのポジションなのに。

 そこからエドワード殿下とアリシアは愛を育んでいき、それに嫉妬したイザベラがアリシアに嫌がらせを行っていくのだ。

 そのポジションが私に置き換わった……?


「私を玩具にしようとなさっているのですね」


「別に取って食おうというわけではない。ただ一緒にいるだけでいいのだ。俺と一緒にいれば、それだけで箔が付くだろう?」


「私は箔になんて興味ありません。この話は……」


 エドワード殿下からの申し出を改めて断ろうとした私だったが、お父様がそれを遮った。


「待ちなさい、イザベラ。エドワード殿下のお気持ちを無下にすることは許さん」


「ですが……」


「エドワード殿下、娘は確かに非凡な才を持っております。社交術やマナーも、これから覚えていけば良いことでしょう。しかし、まだまだ子供。婚約相手として相応しいかどうか、じっくりと時間をかけて判断するべきではありませんか?」


「ほう、貴殿は俺の考えを否定すると?」


「否定するつもりはありません。ですが、もう少し時間をいただけないでしょうか。今すぐ返事をすることはご勘弁を。それに、陛下への相談も必要でしょう?」


「……わかった。今日のところは引き下がらせてもらうことにしよう。俺が王都に帰還して父上に相談した後、正式に答えを聞かせてもらうぞ」


 エドワード殿下がそう言う。

 とりあえずこの場は乗り切った。

 その後は一度アディントン侯爵家の屋敷に戻って支度を整え、彼は馬車に乗って王都へと戻って行ったのだった。

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