8話 エドワード殿下の来訪
九歳になってから一か月ほどが経過した。
「イザベラ、今日は王家の方が来られる。くれぐれも失礼のないようにな」
「はい、お父様」
お父様の言葉に、私は返事をする。
とうとうこの時が来たか。
『ドララ』でのイザベラなら、この頃には既にエドワード殿下と婚約していたはずだ。
だがこの世界では、婚約どころか出会ったこともない。
(このまま王家と関わらずに過ごせると良かったのになあ)
私は内心で溜息をつく。
ちなみに、今日の私の服装はいつもより派手だ。
王族を迎えるために、ドレスを着ている。
まあ、これは仕方がない。
畑仕事用の普段着で迎えるわけにはいかないからね。
「姉上、素敵です!」
フレッドが褒めてくれる。
「ありがと」
「本当によく似合っていますよ。思わず見惚れてしまいます」
「それは言い過ぎだって」
「いいえ、そんなことはありません。姉上はとても美しいです」
「はいはい、ありがとう」
私は適当にあしらう。
彼のシスコンっぷりは収まるどころか、ここ最近でますます酷くなっている気がする。
でも、可愛い弟だし悪い気はしないんだけどね。
「…………」
お父様が何とも言えない目でこちらを見てくる。
姉弟にしてもやけに距離が近い私とフレッドに少し違和感を覚えているのかもしれない。
フレッドももう少し大きくなれば、姉弟で結婚はできないと理解してくれるはずだ。
心配は要らない。
私がそんなことを考えているうちに、王家の馬車が到着したようだ。
「よし、行こうか」
お父様の言葉に従い、私たちは玄関に向かう。
「お待ちしておりました」
お父様は出迎えると、頭を下げた。
「アディントン侯爵、久しいな」
少年がそう言う。
彼こそ、この国の王子であるエドワード・ラ・イース殿下だ。
年齢は私より一つ上なので、今は十歳のはずである。
「殿下、本日はよくぞおいでくださいました」
「うむ。聞いていると思うが、今回の件は俺が陛下より任されている。今日はよろしく頼む」
「はっ」
父が畏まった様子で答える。
わずか十歳の少年とはいえ、この国の第一王子。
次期国王に対しては、侯爵家の当主である父とはいえ相応に敬意を払わねばならない。
なお、ポーションの件はエドワード殿下に任されているとは言ったが、もちろん彼の一存で決まるわけではない。
文官らしき成人男性が何人か同席しているので、実質的な判断は彼らの助言に基づいてなされるはずだ。
「して、そちらの娘は?」
エドワード殿下がこちらを見る。
「娘のイザベラです」
お父様が紹介する。
「はじめまして、エドワード王子。イザベラ・アディントンと申します」
私はスカートの裾を摘まんで、優雅に見えるように挨拶をした。
予知夢において、私にトドメを刺したのは彼だ。
思うところはあるし、できれば関わりたくない。
しかし、この時間軸で直接何かをされたわけでもないし、敬意は払う必要がある。
「ほう……」
エドワード殿下の視線を感じる。
品定めをするような目つきだ。
正直言ってあまり気分の良いものではない。
「…………」
無言でじっと見つめてくる。
いったい何なんだろう?
私は居心地の悪さを感じながら、黙って耐える。
しばらくして、ようやく満足したのかエドワード殿下が口を開いた。
「うむ。なかなか見どころがありそうだな。これからも励めよ」
「はい」
とりあえず及第点は貰えたみたいだ。
私はほっとする。
「殿下。イザベラの隣にいるのが、息子のフレッドです」
今度はフレッドが父からの紹介を受ける。
「フレッドです。よろしくお願いします」
彼は緊張しながらも、しっかりと挨拶をする。
「ほほう。お前が次期アディントン侯爵か」
エドワード殿下は感心したような声を出すと、フレッドをまじまじと見た。
「俺の二つ下だったか。まだ子供だというのに、その落ち着きぶり。さすがアディントン侯爵の息子と言ったところだな。将来が楽しみだよ」
「いえ、まだまだ未熟者です」
何だろう。
子供の会話じゃないよね。
エドワード殿下は十歳で、フレッドは八歳だ。
なのに二人とも大人のような話し方をしている。
まあ、これが王族や貴族というものなのかもしれないけど。
「では、早速だが……」
こうして私たちの初めての顔合わせが始まった。
まずは軽く雑談を交わす。
その後、本題に入る。
私とフレッドは生産者として同席しているが、基本的な交渉はお父様の役割だ。
大人しく座り、話を聞いていく。
しばらくして、王都騎士団への卸し価格や販売個数がまとまった。
「よし、内容はこれでいいだろう。陛下も納得されるはずだ」
エドワード殿下が満足げに頷く。
交渉とはいえ、王家やアディントン侯爵家の存続に関わるほどの大事ではない。
両家の関係性も良好だ。
お父様に、十歳児であるエドワード殿下を過度にやり込めるような意図はない。
陛下としても、エドワード殿下に経験を積ませる意味合いでこの役割を任せたのだろう。
交渉がまとまり一息ついたエドワード殿下が、今度は私に話し掛けてくる。
「今回のポーションの件だが、イザベラが作っているというのは本当なのか?」
「はい。私とフレッドの二人で作っております」
「話には聞いていたが、本当なのだな」
そう言うと、またじろじろと私のことを見てきた。
「あの……何か問題でもありましたでしょうか?」
私は不安になって尋ねる。
「いや、問題などない。ただ、噂に聞くポーション作りというやつを実際に見てみたくてな」
「はあ……。では、今からご覧にいれましょうか? よろしいですか、お父様」
「ああ、構わないぞ」
「ありがとうございます。それでは、畑に向かいましょう。調合器具もそちらに置いていますので」
こうして、私達は連れ立って部屋を出たのだった。
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