7話 フレッドのシスコン化 【イザベラ九歳】

 カティさんに始めてポーションを飲んでもらってから、一年が経過した。

 私は九歳になっている。

 カティさんの【魔乏病】が再発することはなかった。

 無事に完治したと考えて間違いない。


(ふふふ……。バッドエンドとは直接関係ないかもしれないけど、人助けって気持ちがいいな~)


 私はそんなことを考えながら、畑への道を歩く。

 その時だった。

 ドンッ!

 突然背後から誰かが抱きついてきたのだ。


「姉上! 畑へ行かれるのですか? 僕も行きたいです! ご一緒させてください!」


 フレッドが私の体に抱きつきながらそう言う。

 彼はすっかり私に懐いていた。

 一緒に畑仕事をするようになって、もう一年半ほどが経過しているしなあ。

 それに、彼の母親であるカティさんが快復したのは、私の『ドララ』知識があってこそだ。

 懐くのも無理はないのかもしれない。

 ただ、予知夢で私を断罪した時の彼の印象とはかけ離れ過ぎていて、戸惑いも覚えてしまう。


「え、えっと……。でも、フレッドは今日習い事があるんじゃ……」


「抜け出してきました!」


 彼は私の体から手を離し、胸を張って答える。


「フレッド……」


「だって、姉上と少しでも長く一緒にいたいのです。それに、僕は普段から座学は完璧に修めていますし、剣術もそれなりに得意です。だから、少しぐらいは大丈夫です。あ、もちろん後で先生には謝ります。お願いします!」


 フレッドが深々と頭を下げる。


「……分かったわよ。じゃあ、早く行きましょ」


「はいっ!」


 私は苦笑しながら歩き出す。

 フレッドは満面の笑みで返事をした。

 私は彼を連れて、屋敷から少し離れたところにある畑へと向かう。


「そういえば、聞きましたか? 姉上」


 畑仕事に精を出している時、フレッドが話し掛けてきた。


「何を?」


「父上の正妻と側室……つまり、姉上と僕のそれぞれの母のことなのですが……」


「うん」


「その二人がとても仲良くなっているそうです。以前は不仲とまではいいませんが、お互いにできるだけ関わりを持たないようにしていたようなのですが……」


「そうだったね」


 正妻と側室。

 同じ男を愛する女である。

 普通に考えてお互いの存在が面白いはずもなく、できれば消えて欲しいと思っても不自然ではない。

 しかし、まともな思考力を持っていれば、それを表に出すことは我慢する。

 以前の二人のように、お互いに関わらないように心掛けるのが現実的な妥協ラインだろう。


「それが最近になって急に打ち解けたらしいんですよ」


「よかったね。でも、どうしてだろう?」


「これも全て、姉上のおかげです」


「どういう意味? 私が何かしたっけ?」


「もちろん病気の治療ですよ。僕の母上は元気になりました。それどころか、元気が有り余っています。最近では、弓を携えて狩りに出掛けることもあるそうです」


「ああ、そういうことか……」


 フレッドの説明で、ようやく私は納得した。

 私のお母様は、侯爵家の正妻にしてはずいぶんとお転婆で、アクティブな人なのだ。

 定期的に狩りを行っているほどである。

 一方のカティさんは、難病だったので仕方なかったとはいえ、ずっと寝たきりだった。

 彼女が健康を取り戻した今、何らかのきっかけで共に狩りをすることにでもなったのだろう。

 それで仲良くなったのかもしれない。


「まあ、家庭内が平和なのは喜ばしいわよね。二人には今後も仲良くしてもらいましょう」


「そうですね。それに、僕も姉上ともっと親しくなりたいです。いずれは結婚して、僕だけの姉上にしたいですし……。そのためにはまず婚約からでしょうか? 姉上さえよろしければ、是非僕のことを……」


 彼が私を見つめながら、真剣な表情で口を開く。


「フレッド? 姉弟では結婚できないよ? そもそも私はあなたと婚約するつもりなんてないし……。というか、そういうことは軽々しく言わないようにね。冗談に聞こえなくなるからさ」


 私は彼に釘を刺す。

 フレッドは可愛い弟である。

 そんな彼を恋愛対象として見たことはない。


「うーん。残念です。僕は本気なのになあ」


「はいはい。分かりました」


 私はそう言っておく。

 畑に着いたので、作業を開始する。


「適当に流さないでくださいよ! ……まあ、今はいいです。それよりも……」


 フレッドは切り替えて、次の話題に移る。


「どうしたの?」


「姉上が民間に卸している各種のポーションの件です。先日ようやく正式に認可が下りた魔乏病用のポーションも含めて、売れ行きは好調のようですね」


「そうだね。まあまあってところかな」


 私は苦笑を浮かべる。


「謙遜しなくても大丈夫ですよ。姉上が開発したポーションの評判はかなりのものです。以前はここアディントン侯爵家領での販売だけでしたが、今や王都にも支店ができています。他国からも問い合わせがあるほどです」


「それは嬉しいけど、ちょっと大げさだよ」


「いえ、事実です。それで、実は報告があるのですが……」


 フレッドがそう切り出す。


「何?」


「王家からの依頼です。姉上の開発した各種ポーションを王都騎士団に常備したいという申し出がありました」


「え!? なんでまた急に……?」


「何でも、姉上が作ったポーションを飲んでみた者がいたそうで。その効能に感動したとか何とか」


「へぇ。そんなことがあったんだ」


「はい。近々、王家からアディントン侯爵家に使いの者が来ると思います。もちろん交渉は父上がなされると思いますが、開発者として姉上や僕の意向も確認されるかもしれません。一応、心構えだけはお願いします」


「分かったよ。わざわざありがとう」


「いえ、僕の愛しい姉上のためですから」


 フレッドが笑顔で返す。

 相変わらずのシスコンぶりだ。

 彼は私の一つ下だから、まだ八歳。

 その割にはずいぶんと大人びている。

 しかも『ドララ』での設定のように将来は相当なイケメンになりそうな片鱗がある。

 義弟じゃなかったら、惚れていたかもしれないなあ。

 私はそんなことを考えつつ、フレッドと共に畑仕事に励むのだった。

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