ep 10. 表の顔
ショッピングモールに到着したのは午後六時頃だった。
ほとんどの店舗は午後八時に閉店するから、と食事をとる前に最低限アリアの生活のために必要なものを買うことにした。
身につけるものやメイク道具など、男の呉羽には縁がないものを琴鈴のアドバイスをもとに次々と買い物カゴに入れていく。
偶然とはいえ、琴鈴とこのタイミングで知り合えたことは幸運だった。
急ぎで買い物をしたものの、終わったのは午後七時三十分ですでにレストラン街は閑散としていた。
ラストオーダーが終わっているところばかりで、何も食べられそうにない。
「どうしましょうか」
琴鈴は閑散としたレストラン街で周囲の店を確認していたが、もう諦めた方がよいと判断したらしい。
外食をして帰れば楽だと思っていたのだが、もう入れるお店もない。加えて呉羽の両手には買い物袋がたくさん提げられている。
「よければ、うちに来ますか? 材料だけ買えば何か作りますよ。家の方がゆっくり食べられるでしょうし」
呉羽は一人暮らしが長いために手料理のレパートリーが豊富だった。特に練習したわけじゃなく、同じものばかりでは飽きるからといろいろ挑戦するうちに手慣れた結果だ。
「いいんですか? ではお言葉に甘えて」
三人は帰りに近くのスーパーで食材を購入し、呉羽の部屋に帰宅した。
呉羽は早速キッチンに立って調理を開始し、琴鈴とアリアはリビングで何やら話をしている。
ずっとひとりで生きてきたはずなのに、自分の部屋に女性がいるなんて信じられない。
凝った料理をすると時間が遅くなると簡単にできるクリームシチューを選択した。いつもは白米を炊いて食べるのだが、少しお洒落にパンを買った。
なんとかおもてなしにはなるだろう。
食器の準備は琴鈴とアリアが手伝ってくれた。呉羽はシチューが入った鍋をテーブルに運び、買ってきたパンを並べ、ビールを準備した。未成年のアリアはオレンジジュースだ。
「どうぞ、自由に食べてください。簡単なものですが」
「これは簡単なんですか? 恥ずかしながら、私料理はまったくなもので」
短時間で作った料理で琴鈴とアリアの目は輝いていた。これくらいのものならいつでも作ることができるが、喜んでもらえて何よりだ。
食事をとると、満足したアリアは睡魔に襲われて身体が揺れはじめた。
「アリア、シャワー浴びて寝ていいよ。結構歩いたから疲れたよな」
「はい、そうします。ごちそうさまでした」
アリアは買って来た衣類を持ってお風呂に向かった。
呉羽と琴鈴はビールを飲んで陽気になり、当たり障りのない話をする。
「本当に今日は助かりました。女の子のファッションなんてまったくわからないので」
「いいえ、私も妹とショッピングしたみたいで楽しかったです」
呉羽は空になった鍋をシンクに運んで固まらないうちに洗った。本当に綺麗になくなったものだ。
「阿藤さんはどうしてプロボクサーにならなかったんですか? あんなに強いのに」
琴鈴のこの質問にどう答えていいものか。これが嫌だからいつも手加減をして努力をしても叶わなかった人間を演じている。
「俺、悪いことしてたんですよ。半グレみたいな。喧嘩ばかりで人を傷つけて。ボクサーは向いてると思ったんですけど、本気になるとやりすぎる癖があるので、教える側に」
「そうだったんですか。こんなに表情が柔らかい穏やかな人なのに、信じられません」
「歳月は人を変えますから」
呉羽は穏やかに笑ってビールを一口飲み、つまみのピーナッツをひとつ摘んだ。
「唐霧さんはどんなお仕事を?」
「探偵です」
「探偵?」
それは予想していなかった。
「いろいろ調査するのが仕事で、記憶喪失の人の正体を調べたり、逆に人を探したり、いろいろです。最近は浮気の調査が多いですね」
なんともタイミングがよすぎて気持ち悪さすら感じる。
アリアの正体を調べてほしいと依頼すれば、彼女は引き受けてくれるだろうか。
だが、それには親戚だと言っていたことが嘘だと打ち明けなければならない。
もし、琴鈴が悪い人間だったらアリアが危険だ。
「阿藤さん?」
「あ、いえ。探偵しているからあんなに強いんですね。探偵は危険なこともあるんですか?」
「ありますよ。仕事柄恨まれることもあります」
「警察もよく恨まれるといいますからね。大変な仕事ですね」
「阿藤さんはトレーナー以外にお仕事は?」
「カフェで店員をしています。ルポスっていうんですけど、今後よかった来てください。俺が言うのもなんですが、いい店ですよ」
琴鈴はスマホで場所を調べて「今度行ってみます」と笑った。
まったく悪い人には見えないが、なぜか彼女が本当の顔を隠しているように思えた。
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